マリブのブログ

ミネルヴァの梟は迫り来る黄昏に飛び立つ

映画『生きてるうちが花なのよ 死んだらそれまでよ党宣言』の私的な感想―コザ暴動から燻る日本人の怒り―

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生きてるうちが花なのよ 死んだらそれまでよ党宣言/1985(日本)/105分
監督:森崎 東
出演:倍賞 美津子、原田 芳雄、平田 満、泉谷 しげる、梅宮 辰夫、小林 稔侍、上原 由恵、
乱 孝寿他

 笑いの中の涙

笑いの中にこそ涙が生まれる事を最初に教えてくれたのは、森崎東という監督だった。

令和に移り変わった現代でも、彼の残してきた映画の功績は偉大だ。

 

山田洋次の相棒として、その代表作『男はつらいよ』シリーズの脚本迄手掛ける彼は、寡黙だがその信念を最期迄貫き通した稀代のアナキスト

往年の喜劇映画監督として現代では忘れ去られそうでいても、彼の作品を敬愛する映画人は決して少なくない。

 

映画が今と違って、情緒的ではあっても万人の心を癒す文化であった頃、スクリーンに迸るその類まれな程深い愛情は、多くのマイノリティーな者達の瑕を癒してくれた。

彼のその根底の視座は、いつも時代に忘れ去られた弱者にある。

安部譲二原作の『塀の中の懲りない面々』では、囚人達の一時の刹那を。
最新作の『ペコロス、母に会いに行く』では、老いた身内との向き合い方を。


不本意だが、夏目雅子が主演した事で彼の代表作として挙げられる『時代屋の女房』に出てくる面々には、もう丸ごとド直球に何かが欠けている人間達だらけで、苦笑いと共に温もりが込み上げてくる。

 

だけど彼の映画を語る上で、この作品を欠かす事は絶対にできない。

それはこの映画が、尺に収まりきれぬ程、監督の思念に溢れた集大成であるから。。

 

テーマソングの様に劇中に流れ続ける「19の春」は、疲れ果てた全ての労働者の心を慰めてくれる最高のバラードだ。

 

 

 

 

あらすじ
地方のどさ周りから敦賀に戻ってきたヌードダンサーのバーバラ。
彼女達は、コザ暴動で沖縄を離れ逃げのびてきた根無し草。
弟の様に面倒を見てきた正は、些細な事から不良仲間と高校の教頭野呂を誘拐し、彼はそれが原因で学校を解雇される。
やがてバーバラは、暴動から連れ添って出てきた恋人宮里に、久しぶりに再会するが、原発ジプシーからやくざの手先にまで落ちぶれていた彼に、彼女は徐々に不安を募らせていく―――

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 沖縄から生まれた反戦の声

日本人は、不都合な真実をひた隠しにして高度成長期を迎えた。

それはプライバシーという耳障りのいい常套句で、コロナ感染経路不明者の大部分の実態を明かせない現代社会でも同じ事と言える。

 

すっかり耳馴染の無くなった原発ジプシージャパゆきさんに目を向けたこの映画は、社会派喜劇と呼ばれる森崎映画の中でもダントツに底辺社会の人間の現実を描いたばかりに、正直、笑える描写はかなり少ない。

そればかりか、冒頭の少年達のカーチェイスでは70年安保の余韻が燻り、『孤狼の血』に代表される警察とやくざの繋がりを内包させた時代背景も、現代ではちょっと分かり難い。

劇中に登場する娼婦のアイコが叫ぶ「協同一致団結」というスローガンも、どこかイデオロギー臭が強過ぎるあまりに、民主国家のぬるま湯にどっぷりつかる自分達には、いまいち響く事もないだろう。

 

この作品で、第9回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞の栄誉を手にした”バーバラ”事倍賞美津子は、その混沌とした時代の代弁者。

だけど、振りまくその愛想笑いに疲れ果てた彼女の横顔に、コザ暴動に端を発した日本人に燻る怒りを感じ取れる余韻は、限りなく透明に近い程薄く・・・

www.okinawatimes.co.jp

 

その言い訳を言ってしまえば、2019年にその名画座の幕を閉じたキノシタ映画初出資作として世に飛び出したこの映画は、大手劇場映画でさえ採算の取れない当時の興業時代背景の裏で、監督の思いを全て封じ込められるだけの余裕が殆どなかった。

妙に小気味良く、淡々と物語が進んでしまうテンポの良すぎるカット割りも、公開当時2本立て同時上映作品が主流だったが故の、悲しい性だ。

つまり溢れる程の情熱の迸るこの映画は、当時の日本の裏事情がすっかり網羅され尽くした玉手箱であるが故に、映画として上手く纏まった作品とは幾分呼びづらい。

更に、原田芳雄から音楽を担当した宇崎竜童まで、劇中に溢れるアウトロー臭満載の男臭さも、きっと見る人の好みで大きく左右してしまう若干濃すぎる演出だろう。

 

それでも、ラストで出向する船越しで猟銃を打ち放つバーバラに、刹那的だけど妙な爽快感を感じとる事のできた人はいないだろうか?

その理由がもし分からないでいたとしても、それが少年少女達の未来の為に、身を挺して祝砲を上げる時代に取り残された大人達の狼煙と受け取ってもらえれば幸いだ。

 

92歳の大往生の末先日逝去された森崎監督は、実兄が太平洋戦争終結後に割腹自殺を遂げられた。

その身内の無念を犬死と断罪し、半世紀以上に渡って叫び続けた反戦の声と大衆迎合主義への警笛が、彼の喜劇の原点であるから。。

 

奇しくもコロナ禍の中、自らの命を絶ってしまった某若手俳優の悲報が飛び交う中、この一方的で発作的な感情論が一人の才気ある演者の命を奪ってしまった事に言及するメディアは少ない。

 

その長い長い映画のタイトル通りに天寿を全うされた森崎監督は、いよいよ衆愚が国家をも滅ぼしかねない現代を大空から俯瞰で見下ろして、今一体何を思うのだろう?

 

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