マリブのブログ

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映画『ジョーカー』の私的な感想―アーサーは何故悪意に染まった銃を手にしたのか?―(ネタバレあり)

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Joker/2019(アメリカ)/122分
監督/脚本:トッド・フィリップス
主演:ホアキン・フェニックス/ロバート・デ・ニーロ、ザジー・ビーツ、フランセス・コンロイ

 悪の理由を追求する

「人をちゃんと笑わせられないヤツは、人をちゃんと泣かす事も出来ない」

大昔に、某キチ〇イ監督に諭されたそんな台詞が、頭の中に木霊する。。

 

マーベルやDC系を全く見ない自分にとっては、コメディ映画上がりのトッド・フィリップスというこの作品の監督自体初めて聞く名前だったけど、彼のその才能は、ちょっと控え目に言っても、かなり優秀。

もちろん、24キロもの減量までして『バッドマン』シリーズのカリスマヴィラン、ジョーカーのこれまで描かれてこなかったサーガに挑んだホアキン・フェニックスの演技力はハンパないけど、それもひとえに、監督の卓越した懐の深さを感じてしまう。

 

生真面目でストイックなホアキンは、これまで一切のマーベルシリーズに出演した事がない。

察するに、勧善懲悪が命題のアメコミキャラに、彼は情趣じょうしゅを感じられないのだろう。

そんな彼は、

自分にジョーカーの笑いができるか、あなたに確認してほしい

なんて、監督から明確な出演オファーを受けた後にも、自らオーディションを志願したと聴く。

こんな風に、役のキャラに陶酔しきって監督に挑戦してくる俳優は、大概メンドクサイのだけど・・

それを、24時間、週7で寄り添い、更に順撮り(シナリオの冒頭から順を追って撮影を進める方法)が出来なかった時には、役者の心情を尊重し、再撮までしてジョーカーの母体になるアーサーとのシンクロ具合を調整するなんて、いくら予算があったとしても、大抵は監督業の沽券に関わる。

そんな王道の製作過程のセオリーを、一切度外視してでも、二人が手を取り合い続けた事こそが、アメコミから派生した映画としては全くの異例として、ベネチアで最高賞となる金獅子賞を受賞した理由だろう。

 

映画の中には、そんな二人が必死になって悪の理由を追求した優しさが滲んでいる。

 

 

 

 

 

あらすじ
「どんな時も笑顔で人々を楽しませなさい」という母の言葉を胸にコメディアンを夢見る、孤独だが心優しいアーサー。
都会の片隅でピエロメイクの大道芸人をしながら母を助け、同じアパートに住むソフィーに秘かな好意を抱いている。
笑いのある人生は素晴らしいと信じ、ドン底から抜け出そうともがくアーサーはなぜ、狂気溢れる<悪のカリスマ>ジョーカーに変貌したのか?
切なくも衝撃の真実が明かされる・・
Filmarksより引用

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 主観の正義(※以下、ネタバレあり)

天性の美少年と謳われたリバー・フェニックスを兄に持つホアキン・フェニックスは、共演したロバート・デ・ニーロが、俳優としての憧れの存在である事を公言している。

その業界のリップサービスをある程度鑑みたとしても、唯一無二の魅力を巻き散らして他界した兄の影で、辛酸をなめてきたであろう彼が、兄と共にデ・ニーロの代表作の一つでもある『レイジング・ブル』を見た日から40年近くの歳月を経て、ようやく同じ舞台に立ったその感慨深さは、きっとひとしお。。

120分にも及ぶ、殆どホアキンの独り芝居と言ってもいい独壇場の中で、たった9分間に濃縮されたその共演シーンに、彼の情熱は迸るほとばし

その中でも自分の一番のお気に入りは、

アンタの正義も、所詮、主観だろ?


的な台詞をデ・ニーロに向かって言い放つシーンだけど、この短いセンテンスの中には、どうもこの映画の副題として監督達が練り上げた悪の定義が凝縮されているような気がしている。

 

この映画の感想を綴るブログや著名人の解説は、大抵、ホアキンの並外れたその演技力と役者魂に称賛の声を届けるものだけど、中には、そのテイスト自体がアメコミワールドからかなり逸脱して、社会派ヨリなテーマ性を持っている事に、不満を漏らす声もあるようだ。

けれど、そのヒューマンドラマとしての側面には一定の評価を示し、悪の権化たるジョーカーに、人間的なアプローチからの変化を求める声も少なくない。

 

思い込みの激しい精神疾患を抱えた母の元、養子として育つアーサー。

義父から受けるDVを忘れる為、彼を唯一開放してきたのは、笑顔でいる事。

その母からの洗脳の言葉によって、憤りを感じる瞬間に笑いだしてしまう彼の疾患は、言ってしまえば、サイコパスの受け継ぐ系譜を順当に準えてきたわけだ。

その外的な要因による特殊なバックボーンに、興趣をそがれたアメコミファンも一定数いるようだけど、この健常者と同じ目線で異常者を定義付ける事こそが、そもそもの差別意識であるとしたら・・

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 ジョーカーの拳銃

ジョーカーのビジュアルは、単純に言っても気味が悪い。

元々、張り付いた様な笑顔には、猜疑心が芽生えてしまう自分にとっては、尚更。。

言い換えれば、その仮面の下には必ず人のひりついた叫び声が聴こえ、臆病な自我を隠す為のペルソナなんかに見えてきてしまう。

そこに、成熟した大人が本質的な恐怖を抱えると、ピエロな見た目の彼の表情に、言い知れない嫌悪感を抱くのだけど・・

 

人心の荒むゴッサムシティで、徐々にジョーカーへと変貌を遂げていくアーサーは、物語の序盤で同僚から拳銃を譲り受ける。。

しかしそれは当初、カーリーなアップスタイルがセクシーな、ザジー・ビーツ演じるアーサーの憧れの隣人女性から教わった、只の自虐ネタの小道具に過ぎない。

そしてその彼女との関係性も、それ以上でも以下でもない、アーサーの妄想癖という・・

そんな孤独に苛まれながらも、一心に病気の母を思い、コメディアンとして大成する日を夢想する彼は、その拳銃が殺意を具現化する凶器になり得る事にさえ、初めはきっと気付いてないのだろう。

 

つまり、アーサーとして道化に徹する彼は、その周囲に溢れる悪意の本質を知らない。

けれど、この未成熟な優しさを引き攣った笑顔で見せる事こそが、悪の化身となるジョーカーの主観にも感じられる。

 

 

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 押し付けられる正義への抵抗

突然の歌手転向から、カリスマ的な新興宗教指導者へ陶酔していく退役軍人を演じた『マスター』や、冷酷な殺し屋でありながら、売春組織から少女を救い出す事によって数奇な運命を辿る『ビューティフル・デイ』と、幾度も迷走しながらも、その役の幅を徐々に広げていくホアキン・フェニックスの代表作にこの映画がなる事は、まず間違いないが、その一方で、映画の公開自体に疑問の声が上がっている事もまた事実。

 

アメリカの大手チェーン映画館Alamo Drafthouse Cinemaは、その余りに過激で卓越した演技で魅せる風貌に、Facebookに次のような警告文を投稿したらしい。

「冗談ではありません。『ジョーカー』がR指定になっているのは相応の理由があります。とんでもなく乱暴な言葉がどっさり出てきますし、暴力シーンもキワドイです。そして全体的に鬱です。ギラギラしてて、暗くて、それでいて現実的です。『タクシードライバー』みたいな、ひとりの男性が狂気に追い込まれていく過程を描いた作品です。子供向けではありません。というか、子供は好きじゃありません。(バットマンは出てきません。)
ギズモード・ジャパンより引用

 

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更に、ニューヨーク市警察はこの作品の公開に伴い、市内全域の映画館に私服警察官を配置するなどの厳戒態勢を敷いた事をDeadlineが伝えているが、2012年にコロラド州の劇場で起きた銃乱射事件の犯人が、ジョーカーの内省的な面に影響を受けた事を鑑みると、その対応は賢明と言わざるを得ない。

 

ホアキンの常人離れした演技力はあまりに扇動的で、一部の鬱屈した精神を持つプア・ホワイトに、はき違えた正義感を芽生えさせるのには十分。

終盤、彼は暴徒と化した住民に祀り上げられ、お馴染みの軽快なステップをパトカーの上で披露し喝采を浴びるが、その様子は、自国優先主義に乗っ取った正義を掲げる大国に反発するテロリストの指導者の姿とも重なる。。

左派よりな主観で見ると、ここで全身に鳥肌が立つような恐怖心に駆られるだろうけど、その彼に触発された暴徒に両親を殺される少年こそがバットマンに至るモデルである事は、正に皮肉だ。

 

けれどジョーカーの犯した罪は、本当にだったのか?

 

彼が小道具に過ぎなかった拳銃で殺害した人間達は、その権力と傲慢さにあぐらをかいてきた連中。

アーサーの疾患に苛立ちを覚えるエリートサラリーマンも、嫌みとウィットにとんだブラックジョークで群衆の人気を博したデニーロも、言ってしまえば、巷に溢れる些細な悪意に迎合してきたに過ぎない。

 

そして彼の犯した過ちは、その一方的に押し付けられるだけの正義に対するただの抵抗だったのではないだろうか?

 

アーサーの主観に立って観れば、、

彼の幼げな善意を踏みにじる正義の名を振りかざす悪意こそが、ジョーカーを育て上げていくのだろう。

 

そしてこの手の物憂げな人間を社会から隔離し、ミステリアスな魅力を求める一般目線からの偏見が、必ず、現実世界で更に凶悪な次のヴィランを産み出す事だけは、しっかりと留意しておいてほしい。

 

ラストに、コメディアンだった彼が思いついたジョークを口にせずに、その相手をあっさりと抹殺するのは、悪意と差別に塗れた世界に君臨する、唯一無二の切り札であるジョーカーが、それと決別する為に、最期まで貫き通したかった僅かな優しさを示す為の隠喩であるようにも感じられた。

 

尚、4度目のノミネートにして、第92回米アカデミー賞最優秀主演男優賞に輝いた彼のスピーチを最期に。。

17歳のときに兄が言いました。『愛と平和の心をもって人を助けましょう』

ジョーカーの悪意を善意へ、亡き兄リバー・フェニックスへ捧げられたこのコメントは、『スタンド・バイ・ミー』のクリスが、ゴードンに残した心のメッセージとも全く重なる。

彼の非業の死から四半世紀の時を経て、その真意を正に逆説的に映画で証明してみせた彼は、最早この作品で人生のピークに上り詰めてしまったような気がして、言い様のない不安感に、ふと襲われてきてしまった。。

2020.2.10追記

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