マリブのブログ

ミネルヴァの梟は迫り来る黄昏に飛び立つ

映画『駅 STATION』の私的な感想―時代に寄り添う演歌の唄声―

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STATION/1981(日本)/132分
監督:降旗 康男
主演:高倉 健/倍賞 千恵子、いしだ あゆみ、烏丸 せつこ、宇崎 竜童

 演歌に込められてきた日本人の哀愁

余韻のないものは映画とは言えない。

そんなものを始めに教えてくれたのは、降旗康男という監督だった。

100点ではなく、70点の映画を目指してきた

という彼の作家性の原点は、何処にあったのだろうか?

 

ヒトラーが総統になり、ボニー&クライドが射殺された年に長野の松本市で生まれた彼は、昭和の日本人の心を見つめ続けてきた、知る人ぞ知る、まさに天才。

映画に携わる者すべての憧れの存在であり、ものの伝え方の教科書を提示して下さった彼の撮影現場に携わらせていただく夢は遂に敵わなかったが、令和という新時代を迎えた2019年5月20日にひっそりと逝去された彼を偲び、改めてその数々の名作を見漁ってみたが、正直、まったくお手上げだ。。

その作品は、ことごとく脚本の行間を読み解く作風で、自分ごとき三下の映画屋崩れがブログで形容できる事なんて、どこを探しても見つかるわけもなく・・

 

孤独な男の哀愁?情緒的な質感の間合い?

それを『北の国から』の倉本聰の脚本が支え、『劒岳』の木村大作のダイナミックな画とダウン・タウン・ブギウギ・バンドの宇崎竜童のインストが彩っていたとしても、、

そんなチープな寸評は、彼の作品の前ではどれも無意味だろう。

 

降旗康男という監督が創り上げてきた映画は、言わば、一つの時代だ。

 

芸術的な黒澤作品でも哲学的な小津映画でもなく、彼が追い求めてきたのはひっそりと時代の裂け目に取り残されてきた人間達の悲哀。

 

つまり演歌の世界そのものだ。

 

名優高倉健さんが任侠路線から脱皮できたのも、木村大作氏、佐々部清氏らが各々に監督としてその才能を開花させていったのも、その緻密で繊細でありながら、あまりにも大きな度量で不器用な映画人の魂を受け止め続けてくれたからだったような気がしてくる。

 

大衆迎合作品ばかり紹介してきた自分としては甚だしく恐縮してしまうが、そんな彼が残してくれた日本人の情緒を少しでも次世代に語り継ぐ為にも、僭越ながらその代表作を少しだけ紹介させて頂きたい。 

 
 

 

 

―――1968年1月。
雪が降りしきる銭函駅のホームで、栄次は妻の直子と4歳になる息子義高と別れる。
時代は、東京オリンピックで活躍した円谷幸吉の自殺のニュースが報じられ、札幌市内では警察官の連続射殺事件が起きていた。
英次は上司の相馬から次のオリンピックの射撃選手になる要請を受け、その過酷な仕事と合宿生活の日々に追われていくが、円谷が自殺の前に呟いた「これ以上走れない・・・」という言葉は、彼の心の奥に深く突き刺さっていた・・

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 昭和の人間賛歌

とは言え、彼の手掛けてきた名作はどれも唸ってしまう。

夜叉』にはやくざ者の男の寂しさが十二分に伺えるし、『鉄道員(ぽっぽや)』には定年を間近に控えた男の垣間見る夢が溢れているし、『居酒屋長治』じゃ報われない悲恋の恋の激しさが痛い程伝わってくる。

 

彼の作品の秀逸さは、現代のそれとどれも大きく違う。

 

反戦主義、非暴力の根っこをしっかり据えながらも、命の愛おしさ、引いては他人を思いやる意識が主人公の内に必ず滲んでいる。

 

その作風が、一番伝わりやすいのがこの映画だろう。

 

“駅”という場所の存在定義は今も昔も変わらない。

 

つまり、人々がすれ違うこの場所を軸に添えたその人間模様は、孤独だがしっかり寄り添い合っていた頃の日本人の心の機微を深く抉り取っている。

 

射撃の腕は一流だが、その自分の存在意義に疑問を感じ続ける警察官と、彼の束の間の時を通り過ぎていく3人の女。

一人は別れゆく妻、一人は通り魔の兄を持つ妹、一人は「舟唄」の好きな居酒屋の女。

誰をとってみても、日本海の荒波と寂し気な演歌の音色が聴こえてきそうだが、そのそれぞれが潜める純情が、戦後の荒波の中で忍ばせてきた日本人の心だ。

 

情報が増えすぎた現代で、思いは募らない

きっと便利さの名の元に、我慢をする文化そのものが無くなっていったからだろう。

 

そしてメディアから流布される曖昧な正義の定義づけのおかげで、拠り所もないままの自分達は、相手を思う想像力を確実に失いつつある。

 

降旗組の作品を見ると、自分達が映画に求める事がだいぶ変容してきた事にきっと気付くだろう。

彼の創り上げた悲劇や喜劇の中に、説明はいらない。

 

それは登場する人物のすべてに、しっかりと人間賛歌が忍ばせてあるからだ。

 

律儀で照れ屋、それでいて社会の歪みに違和感を覚え集まってくる者達を懐深く迎え入れ続けてくれた稀代の名匠監督は、欧米諸国の個人主義に飲み込まれていく令和世代の若者たちを、今、天国からどのような気持ちで見守ってくれているのだろうか?

 

「駅 STATION」
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