The Lobster/2015(ギリシャ・フランス・アイルランド・オランダ・イギリス)/118分
監督・脚本:ヨルゴス・ランティモス
出演:コリン・ファレル、レイチェル・ワイズ、ジョン・C・ライリー、ベン・ウィショー
独身者に付けつけられる究極の未来
独身者にこの手のディストピアを突きつけられるとちょっと卒倒してしまう。
『テラハ』や『バチェラージャパン』等のリアリティドラマに真っ向から皮肉を突きつけてくるこのドラマは、何よりもその異質な世界での感覚にどこか共感を覚えてしまうトコロに本当の狂気がある。
貴方は何を基準に愛する人を見つけましたか?
それは例えば容姿であり、包容力であり、金銭感覚。
しかし突き詰めていくと、それは互いに共有できる何かだったりはしないだろうか?
彼のちょっとした癖や、彼女のふとした横顔。
或いは同じ持病を抱えてるなんてのでもいい。
つまり人は無意識のうちに相手に共感できる何かを探し、安心感を求める。
そしてそれこそが本物の相性であり、その先に恋愛感情が芽生えてくるなんて事も。。
しかしもしその全ての過程が簡略化されて、それだけで生涯の伴侶を見つけなければいけない未来が訪れるとしたら?
このドラマはそんな究極の選択を、一切の感情なしで機械的に迫られる味気ない世界をブラックユーモアたっぷりに描いている。
それでも自分はこの手の作品を一笑に伏す事は出来ない。
なぜなら、人間の感覚を麻痺させてまで生産性を上げる合理的な社会が、もう直ぐそこまで近づいてきているような気がしてしまうから・・
―――“独身者“は社会不適合者のレッテルを張られる世界。
唐突に妻から離婚を突きつけられたデイヴィッドは、明くる日その身柄を拘束され人里離れたホテルに監禁される。
しかしそこに待ち受けるのは狂気の世界。
そこでは人格や年齢、職業や財産等も一切関係なく、価値観や或いは癖のみでお互いのパートナーを探さなければいけない究極の婚活レクレーションが日々開催されている。
そして45日間の期限の間にそれが上手くいかない場合は、人は自らが選んだ動物に変えられてしまう・・
アバウトな感覚が存在しないディストピア
『籠の中の乙女』や『聖なる鹿殺し』等で箱庭世界を描く事に定評のあるギリシャ生まれのヨルゴス・ランティモス監督は、この作品で自分たちに何を伝えたいのだろうか?
冒頭から訳も分からずいきなりロバを殺す女、妻に離婚を突きつけられ問答無用で矯正施設に収容されてしまう男等、唐突にこの作品のルールを押し付けてくるので少々面喰ってしまうかもしれないが、そこは上手く咀嚼できなくてもまず一旦は飲み込んでもらいたい。
彼が突きつけてくるこれらの秩序は一見断片的に見せながらも、一つの法則によって実は完璧に成り立っている。
それは、前節で述べた感情のない世界で僅かに残ってしまった人間の感覚。
恋愛において人はAかBかの判断を迫られても、大概はアバウトな答えしか最初は見つけられないはずだ。
しかしそれを45日間で見いだせない限り、人が人でなくなってしまうこの世界の中では、人間は最も効率的な適合性を選択せざるをえない。
つまりこの作品は、少子化の歯止めが効かない日本の様な国に近い将来起こってもおかしくない究極の人間性を試されるディストピアを描いている。
Rottenn Tomatoesの映画批評サイトでは、
「ヨルゴス・ランティモスの風変わりな感性が観客に理解されるためには、この作品が健全で映画として楽しめるものであることを示す必要がある。」
なんて揶揄されているが、つまり彼の思想の先にあるカオスは、効率性を重視し過ぎた先にある合理主義的社会への警鐘なのだろう。
無限ループするブラックユーモア (※以下、ネタバレあり)
そんな皮肉たっぷりの世界をまざまざと見せつけた上でも、監督が描くフィールドにはしっかりとユーモアも込められている。
それがこの作品のタイトルでもあるわけだが、それならばなぜ主役のデイヴィッドは生まれ変わるなら『ロブスター』なのだろうか?
自分なら間違いなく猫、百歩譲っても海底を100年以上も彷徨う甲殻類になるなんてありえない発想だが、この独特なセンスが自由な時代の傍観者でありながらも承認要求を強く求め続ける現代人の性を見事に反映している。
しかし、その管理された生産社会から抜け出せても彼を待つのは極端なパルチザン。
非恋愛を掲げるレア・セドゥ演じる独身者リーダーの掟は、まるで行き詰まった革命左派の内ゲバそのものでなんとも息苦しい。
そしてそんなカリギュラ効果の中で生まれる近視の女との恋愛模様は、もどかしいながらも扇情的で、何とも愛おしく感じられるのだが・・
ピープル誌が選出する「最も美しい男50人」に選ばれた経験を持つコリン・ファレルが堂々と贅肉のたっぷり乗った腹を曝け出した事も、『ハムナプトラ』以降めっきり影を潜めていたレイチェル・ワイズが久々に絶妙な存在感を見せつけてきた事も印象的だが、そんな二人に待ち受けるラストシーンは何よりも衝撃的だろう。
あらゆる解釈の別れるこのシーンの取り方によっては、この作品がコメディーなのか、シリアスドラマなのか或いはスリラーなのか迷ってしまうトコロだが、ココで冒頭でロバを殺していた女の事を思い出してもらいたい。
つまり、ランティモス監督はこの作品に無限ループのトリックを潜めているのだ。
それはまるで果てる事のない人の愚かさをメビウスの輪状態で繰り返すかのように・・
それに気づいた時、自分達は必ずこの作品をもう一度見返してみたくなるだろう。
綿密に彼が仕込んだブラックユーモアの中には、人間の愛おしくも儚い弱さと狡さがはっきりと刻印されてるはずだから・・・
『ロブスター』は
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