マリブのブログ

ミネルヴァの梟は迫り来る黄昏に飛び立つ

映画『ヴァンパイア』の私的な感想―愛しくも切ない岩井童話の世界―

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Vampire/2011(日本/アメリカ/カナダ)/119分
監督/脚本:岩井 俊二
主演:ケヴィン・ゼガーズ/ケイシャ・キャッスル=ヒューズ、蒼井 優、アデレイド・クレメンス

 岩井俊二初の海外長編映画

抽象的な表現の多い岩井映画を、苦手な人は少なくない。

けれど、目に見えるものが全てとは限らない世の中では、どうしても、自分の感覚だけは研ぎ澄ませておきたくなってしまう。。

 

岩井俊二が、ハリウッドで初の長編映画デビューを飾ったこの映画は、正直、批判の声も多い。

彼の美学の神髄を支えていたキャメラマンの篠田昇氏が逝去し、それまで映像から溢れて出ていた浮遊感は大分消え去ってしまい、この映画に出演している大方の外人キャスト達にも、どこまで微妙なニュアンスの岩井節が届いていたのか、ちょっと懐疑的だ。

日本からは、岩井映画常連の蒼井優だけがかろうじて参加しているが、『フィアー・ザ・ウォーキング・デッド』に出演していたケヴィン・ゼガーズや、『ゲーム・オブ・スローンズ』のオバラ・サンド役でちょっとだけ注目を浴びたケイシャ・キャッスル=ヒューズ等、どうも大袈裟な演技の俳優達も多く、細かい芝居のディティールに迄こだわる監督の演出意図が、あまり上手く伝わっていなかった様にも受け取れる。

唯一、岩井ワールドの美的感覚に溶け込んでいたメソッドアクターと言えば、『サイレントヒル: リベレーション』で主役に抜擢されたアデレイド・クレメンス演じる自殺志願者事、劇中の“ジェリーフィッシュ”くらいだが、やっぱり、分かりやすい刺激を求めるハリウッド映画業界と繊細過ぎる岩井文学とは、どうしても相性が悪いのか。。。

 

何はともあれ、実験映像の様な難解なカットもちらほらと散見するこの映画が、それまでの岩井節をどこまで踏襲しているかと言えば、ちょっと疑問符がついてしまうトコロだけど、彼の映画作りでは定番の脚本と監督に加え、原作、撮影監督、音楽・編集・プロデュース、デザイン、ストーリーボードと一人九役を熟し、正しくヴィンセント・ギャロ顔負けに、彼が新しい寓話的な感覚への挑戦を試みた作品として観れば、それも少しは納得出来るかもしれない。 

 

 

 

 

あらすじ

理科教師のサイモンは、生きる希望を失くした人間達を探し求める。
それはヴァンパイアとしての宿命を背負った、彼の悲しい性にある。
そんなある日、“Side by Cite”とという自殺志願者サークルで出逢った若者達と森へ向かった彼は、その中で生き残ってしまった“ジェリーフィッシュ”に、それまでの人間にはなかった、新しい感情が芽生え始めるが・・

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 優しすぎる吸血鬼

“ヴァンパイア”という、この映画のちょっと直球でファンシーなタイトルからは想像もできない程、ストーリーはシームレスで静かに進んでいき、その単調な映像は、どうしても若干眠気を誘う。

更に、吸血鬼モノ特有のグロテスクな描写もスプラッターもなく、岩井ワールドの幻想世界に迷い込んだ割には、その主人公の生活はあまりに世知辛く、気が弱すぎて優しすぎる人間を襲う事の出来ない吸血鬼という設定は、一見、コメディにさえ見えてくるかもしれない。

惹かれあう孤独な魂たち この世の果ての恋物語」なんてキャッチコピーも、普段より随分痛々しさが強調されている様な気がしてくるけど、この微妙な生臭さがいつもの静謐な岩井映画のシルエットに、一際生えるシーンがある。

 

劇中の、“ヴァンパイア”事サイモンは、まさにサイト名通りの“死と隣り合わせ”の自殺志願者サークルを物色して、その生き血を求める。

それは、一見現代の倫理観に照らし合わせた苦肉の策の様に見えるが、鋭く人の本質をつく岩井俊二の目線は、そんなポリコレにはない。

中盤で、変質者紛いの吸血鬼愛好家の起こすレイプ事件を、傍観する事しかできないのもその為だ。

更にサイモンは、彼をしっかり言葉で断罪しておきながらも、自らの内から沸き起こるその衝動に結局抗う事ができず、集団自殺から生還した“ジェリーフィッシュ”の生き血を、隙あらば啜ろうとする。。

 

この森の中での少々エロティックなシーンは、ちょっと特殊で歪な性癖に対し自己嫌悪に陥る男の姿とも、実はピッタリ重なる。

つまり、このあまりに軟弱な吸血鬼の愚行は、結局、それに準えた対人関係に悩むヒトの苦悩する有様であると言えるかも。。

 

彼が自分に好意を持つ女性に心を開けないのも、アルツハイマーな設定の自宅の番人である母(実はサイモンが大昔に殺す事の出来なかった女性なのかも。。)が終始無言でいる事も、実は対人恐怖症の実態を示すメタファ。

ブルーを基調にした映画のテイストが、まるで童話の世界から飛び出してきた様な寓話的要素をふんだんに盛り込んだラブストーリーなのも、この映画に引き寄せられる不安定な若年層へ向けての、サービスなんだろう。

 

そんな彼が、自分に救いを求める教え子に、皮肉にも自らの血液を提供するシーンはちょっと笑えてくるけど、通例通りのヴァンパイアの設定を守るならば、彼の生き血を大量に輸血された彼女もまた、苦悩に満ちた吸血鬼の仲間入りをするのでは?なんて妄想が、やっぱり膨らんできてしまった。。

 

「ヴァンパイア」
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