マリブのブログ

ミネルヴァの梟は迫り来る黄昏に飛び立つ

映画『渇き。』の私的な感想―加奈子は天使なのか悪魔なのか?―(ネタバレあり)

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World of Kanako/2014(日本)/118分
監督/脚本:中島 哲也
出演:役所 広司、
小松 菜奈、妻夫木 聡、二階堂 ふみ、橋本 愛、國村 隼、オダギリジョー、中谷 美紀

 歪なカタチの人への執念

クリスマス・イブの夜から始まるこの物語は、寒い冬場に観ると少し胸が痛くなる。

 

ホラー映画としては少々トリッキー過ぎた中島監督の『来る』を劇場で観て、彼の本質にあるのは、やっぱりハンパない人に対する執念なのだなあと。。

 

アラフォー世代の方は覚えていますか?

 

90年代初期の頃のキャリアウーマンの悲哀を絶妙に滲ませた、今は無き山口美江さんがCMで漏らした「しばづけ食べたい」の名セリフを生みだしたのはこの監督。

 

コミカルで対位法の多い彼の演出はホントはあまり好みではないが、それでも猥雑なテーマにはっきり開き直ってみせる彼の人間味溢れる作風が、分かりやすいビビらせホラー好きの若年層には今回の作品で大分誤解を受けてしまった様なのでココははっきり言っておく。

 

彼は抽象的な霊現象などはまったく信じていない。

というより、『来る』で描きたかった怨霊は、目に見えぬ何か等ではなくヒトの怨念

 

その積もり積もった人の意思の集合体が生み出す憎悪が溢れ出した瞬間に“それ”はやってくるのだが、貞子等の影響で物理的な霊が影響を及ぼす現象が主流となった現代のジャパニーズホラー業界では、少々分かりにくかったのかもしれない。

そんな彼の思念が遺憾なく発揮されたのがこの作品。

フランスの劇作家ジャン・コクトーの言葉を借りて、

「ある時代が混乱して見えるのは、見る方の精神が混乱しているからに過ぎない」

なんてインタータイトルで始まるこの作品は、彼の最高傑作である『告白』に次いで、じっとりと絡みつく中島監督ならではの歪な感覚に満ち溢れている。

 

 

 

 

あらすじ
容姿端麗な優等生の娘・加奈子(小松菜奈)が部屋に全てを残したまま失踪した。
元・妻の依頼でその行方を追うことを請け負った元父親・藤島昭和(役所広司)。
家族が破綻した原因が自分の性格や行動であることには一切目もくれず、自分の“家族”像を取り戻すことだけを夢想し、なりふり構わず娘の行方を調査する。
過去と現在の娘の交友関係や行動をたどりながらやがて、今まで知らなかった娘・加奈子の輪郭が徐々に浮かび上がっていく。
果たして父は娘を見つけ出し、あの頃夢見た“幸せな家族”を取り戻すことができるのだろうか?
Filmarksより抜粋

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 原作から更に掘り下げた人の暗部

私的に中島監督は、大分シャイなんじゃないかと思ってしまう。

下妻物語』や『嫌われ松子の一生』等のサブカル系映画を世に送り出してきた彼は、そのアイロニカルな哀愁の中に、必ず照れがある。

それは劇画調やコミカルなアニメーションを挟んでくる描写や、ポップな色遣いの衣裳等によく写し出されているが、コレが観客にハマらないと彼の作品はたちまち大衆迎合映画扱いをされてしまう。

来る』では、それはちょっとコミカルな松たか子の日常だったり、数多の霊媒師を呼んだ大祈祷大会だったが、それは彼が内に秘めた人への執念に対するほんの息抜きに過ぎない。

これに惑わされてしまうと彼の作品からは直ぐに興味が削がれてしまうが、この作品で監督がようやく手を伸ばしてきた等身大の人の暗部は実に清々しい。

 

原作の「このミステリーがすごい!」の大賞を受賞した深町秋生氏の「果てしなき渇き」は未見だが、加奈子らが遊び狂うクラブのパーティーシーンに流れる音楽に、当時の若年層にストレートで届くでんぱ組.incの「でんでんぱっしょん」を使ってきたあたりがその最たる証だろう。


受け手側次第ではちょっとやり過ぎ感のあるこのポップなテクノミュージックは、その空虚な明るさの裏に潜むティーンエイジャー達の渇いた笑い声が正に聴こえてきそうだ。

 

そして企業戦士として走り抜けてきたアラフィフ世代の情緒も彼はしっかり忘れない。

中島作品を数多く手掛けるGRAND FUNK Inc.が奏でる劇中音楽は、80年代から続く彼らの疾走感を増幅させ、松田優作の名作『探偵物語』のオープニングの様なノスタルジーをたっぷり感じさせてくれる。

藤島が乗る愛車が、原作より更にレトロチックな日産グロリアに変更されているのも、アナログ世代の人間達へもその思いをしっかり届ける為のサービスなのだろう。

つまり、一見エンターテインメント重視に見える彼の演出の先には、届けるべき相手をきちんと見据えた上での戯れの様な気がしてきてしまう。

 

 

 

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 曝け出す本能をありのままに・・

しかし彼のそんな遊び心は如何せん分かり難い。

それはCM業界出身の所以か、まずカットの刻み方があまりに激しすぎる為に観客が登場人物にゆっくり感情移入出来る隙がない。

更に物語に出てくる主人公の娘・加奈子のバックグラウンドにも、2003年に闇に揉み消されたプチエンジェル事件押尾学事件、更には芸能界の暗部にも時折顔を出す仁風林の実態等をも彷彿とさせる政財界の性接待事情等までもが垣間見え、そのミステリーの謎解き自体も大分複雑になってゆく。

 

しかしそんなトコロに目を取られ続けてしまうとこの作品の本質は霞んでしまう。

冒頭にも述べた様に、彼が描きたかったのは人の醜態ぶり。

誰もが内に秘めている様で目をつむりがちなその暗部を、じんわりと焙り出していくのがこの作品の醍醐味でもある。

 

原作の設定から加奈子が闇に迷い込んでいく理由を意図的にボカシてきたのは正にその為で、ここには子供と疎遠になっていく親の儚さとその因果が実はしっかり表現されている。

撮影当時、明るい家庭像を描くCMで好感度を上げていた役所広司や、イケメン路線の旬な俳優の様にもてはやされていたオダギリジョー等が、こぞってこの本能をありのままに曝け出す役柄での出演を快諾したのは、そんな見たいトコロだけを観せる近年の邦画界に一石を投じてみたかったからなのかもしれない。

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 混乱する大人 (※以下、ネタバレあり)

そして詰まるトコロ、一度も言及されないままに終わってしまうこのタイトルの真意なのだが、、

 

ネット上では様々な解釈の別れるこの“渇き”の裏には、奥深い闇がある。

 

それは視聴者が各々判断してほしいテーマでもあるが、原作者が当時規制の緩かったリタリンをストレスから過剰摂取していた中で執筆していた事からも、分かるヒトだけには分かる混乱した感覚なのではないだろうか?

 

なんの説明もないまま、自暴自棄な苛立ちを募らせる藤島が少女達に送る虚ろな視線。

艶めかしい女子の生足が随所に織り交ぜられた意図的なセクシーショット。

更には、加奈子が父親である藤島にキスをした後に溢れ出す彼の激情は、何からくる怒りだったのだろうか?

 

そんないくら道徳理念で説いてみても男の脳裏を掠めてしまう性への渇望が、藤島を混乱させ続けていた元凶だった様に自分には感じられてくる。

 

そして自分が愛情に飢えていたからこそ、相手の戸惑いを察する能力にも長けてしまっていた加奈子は、その純粋な思いから発露してしまった僅かな絆さえも、闇深い裏社会に飲み込まれ、やがて歪んでいってしまうという・・

 

つまり元々この親子は、天使でも悪魔でも、更には狂っていたわけでさえもなく、ただ誤魔化す事ができない人間たちなのだ。

 

 

 

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 不確かなものを求める少女

映画のラストで、加奈子は中谷美紀演じる中学時代の恩師に殺されていた事が発覚する。

原作では、彼女も事の真相に気付いた藤島によって殺害されてしまう様だが、ここで二人がただの繰り返される復讐劇で終わらず、加奈子の死体を埋めた雪山に向かう設定なのも実に印象的だ。

 

そしてもっとも重要な原作からの相違点は、加奈子が欠けていった理由

 

これを、近親相姦や自殺した恋人への思いなんていう安直な理由から乖離させてきた監督の判断は実に鋭いが、これこそがこのミステリーを通じて伝えたかった最大のテーマでもある。

 

劇中の加奈子が、愛読書の「不思議の国のアリス」を引き合いに出し、

「落ちた穴が深すぎて、ずっとずっと落ち続けるそんな子の話・・」

なんて嘯く様子には、その行動だけを追っていってしまうと、担任から言われる言葉通りの、ただの心のない人間の虚しい顛末のように感じられてしまうかもしれないが、、

 

愛娘への愛情表現が上手く伝えられず苦しむ藤島。

その倒錯具合に女としての不信感にかられ、子供ではなく、一見穏やかに見えるみせかけの他人との情事に走っていってしまうその妻。。

 

そんな親達の間で加奈子は、不確かにしか感じられない愛情を確かめてみたかったのではないだろうか?

つまり、ボーイフレンドによってその渇いた心が徐々に死に魅せられていった彼女が、その命の最後に、娘の安否を気に掛ける担任を選んだのは必然。。

 

その現実を知った時の藤島が、カーラジオから流れるまるで企業戦士のレクイエムのような松田聖子の「Sweet Memories」を聴きながら腕にシャブを打つ描写は、自分の因果を娘に受け継がせてしまったが故の、彼に出来るせめてもの屈折した贖罪でもある。。。

 

こんな過激な内容盛りだくさんの割には、映倫の目を掻い潜りR15指定にまで下げてきた事や、公開当時、学生早割キャンペーンを展開し広くティーンエイジャーに向けてこの作品の促進を図ってきた事実は、危うい若者たちへの警笛と共に、劇中の藤島が最後まで加奈子を探し続ける事をあきらめなかった事同様、その不器用だが普遍的な親の愛情を大分遠回しに監督は伝えてみたかったのかもしれない。

 

中島作品にはこの映画も含めよく印象的な青空が映し出されるが、それは愛情がよくわからない子供たちの心の隙間に、一瞬でも光を照らし出す為の彼なりの執念なんだろうか?

 

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