マリブのブログ

ミネルヴァの梟は迫り来る黄昏に飛び立つ

映画『無垢の祈り』の私的な感想―DVD化さえできない禁断のタブー―

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Innocent prayer/2015(日本)/85分
脚本/監督:亀井 亨 原作:平山 夢明
出演:福田 美姫、BB ゴロー、下村 愛

 見えない人々の現実

年明け早々、またとんでもない作品を観てしまった。

胸糞、幼児虐待、R指定と三拍子揃ったこの映画が、まったりとした飽和感の残る正月の吉祥寺UPLINKで再上映されていると知って足を運んでみた。

 

劇場の客は疎らだったが、同劇場に向かうエレベーターの中から既に異様な空気圧の中に包まれる。。

煌びやかな商品の並ぶパルコの地下にあるというその立地柄、まるで現世から闇の世界へと降下していくようなその錯覚は、作品の持つ質感にまさにうってつけだ。

なんて自分に酔う様に言い聞かせながら観賞を始めたのだが、そんな心の準備もこの作品の迫力の前ではなんの中和剤にもならなかった。。

 

観客の倫理観そのものが試されるこの映画の原作は、ホラー作家・平山夢明の『独白するユニバーサル横メルカトル』に収録された短編集の一つだが、邦画業界では稀に見るまさに映画のリミッターを完全に振り切った怪作

監督、脚本を務めた亀井亨はすべての製作予算を自腹を切って注ぎ込み、2015年に予告編迄完成させたものの、あまりの凄惨な内容に配給会社さえ見つからず、同年、年の瀬を迎える12月に、ようやく香港の映画祭でワールドプレミア上映が決定。

その後渋谷UPLINKを始め数館の日本の劇場でも公開されたが、この映画は未だ円盤化やVODの見通しさえたっておらず、殆どマニア好みの幻の映画となってしまっている様。

 

しかし殆ど自主映画興行の様にひっそりと霞んでいってしまいそうなこの作品が、只の低予算作品として類似したB級ジャパニーズホラー群の中に埋没していってしまうのは、あまりにもったいない。

それは、救いようのない惨状に塗れた少女のこの物語は、『万引き家族』に登場したりんの延長線上にも必ず存在し得る、見えない人々を真摯に捉え続けた現実だからだ。

 

 

 

 

あらすじ
学校で陰湿ないじめを受ける10歳の少女フミ。
家に帰っても、日常化した義父の虐待が日を追うごとに酷くなり安息の時間もない。
母親は、夫の暴力から精神の逃げ場をつくるべく、新興宗教にいっそうのめり込んでいく。

誰も助けてくれない――フミは永遠に続く絶望の中で生きている。

そんなある日、自分の住む町の界隈で起こる連続殺人事件を知ったフミは、殺害現場を巡る小さな旅を始める。
そしてフミは「ある人」に向けて、メッセージを残した――。
公式HPより抜粋

 

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 映像表現の限界値に挑戦

 正月明けから、酒とお笑い特番に溺れ脳死状態だった自分の意識をしっかりと呼び起こしてくれた事は言うまでもないが、それでもこの映画の占める圧倒的な絶望感を上手く表現できる言葉さえ見つからない。。

 

分かりやすい表現で例えるなら、、

微睡んだ昼下がりの電車内でうたた寝をしていたら、いきなり後ろから鈍器で後頭部をおもいきり殴られたような、そんな気分だろうか・・?

・・その滴り落ちる生暖かい血の感覚。。

怒りや戸惑いさえもなく、ただゆっくりと自分の意識が薄れてゆき、虚しく死へと誘われていく様なそんな鈍い恐怖がこの映画の持ち味でもある。

 

いじめや幼児虐待を受けている人間の主観を軸に据えたこの映画に、救いは全くない。

・・いや、あえて言うなら、目を背けずにこの映画を観る勇気を持ってくれた貴方こそが唯一の救いだろう。

そんな悪趣味な作風と罵られるのを覚悟の上で、大方の人間が見て見ぬふりをするこの手の社会悪を真正面から描いた監督や俳優陣の英断は、一定以上の評価に値する。

 

作中の目線は、すべて虐げられ続ける少女の視点で描かれているのでその絶望感はハンパないが、若干9歳にしてその暗澹たる日常を完全に無表情のまま過ごすという福田美姫の巧みな芝居には終始圧倒させられてしまう。

ペドフィリアや“骨抜きチキン”こと猟奇連続殺人鬼の解体シーン等、思わず眉を顰めずにはいられなくなってしまう描写も多々散見する中、私的に一番感心したのは少女が義父に陵辱されるシーンに用いられた等身大の操り人形

映像表現上の限界値でもあるこの手の表現を、正に傀儡と化して意識を飛ばす事しかできない少女の心境とリンクさせ、もう一人のふみが生々しくそれを見つめているという演出には、悍ましさの中にもしっかりと人間味が感じとれる。

 

更に娘を顧みず新興宗教にハマっている彼女の母親、パチンコと女にしか喜びを見いだせず狭い家族間カーストを敷く義父の倒錯具合等、妄執したまま社会の底辺を這いずり回る人間達の様子がかなり克明に描かれているが、その全ての映像の裏で流れ続ける京浜工業地帯の独特な機械音が、この眼を背けたくなる程の世界がブルーワーカーのリアルな現実の一側面を切り取っている事をきちんと物語ってくれていた。

 

ラストの少女が自分の“無垢の祈り”を殺人鬼に向かって強く希求するシーンには、息が詰まってしまいそうな程の圧迫感を感じてしまったが、正にタイトルどおりのその願いは、空っぽの心の男の胸に何かが響くキッカケになってくれた事だけを切に願う。

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「無垢の祈り」
UPLINK CloudVimeoで観賞できます。vimeo.com

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