マリブのブログ

ミネルヴァの梟は迫り来る黄昏に飛び立つ

映画『1917 命をかけた伝令』の私的な感想―110分間のワンカットで繋がれたもの―(ネタバレあり)

1917-01

1917/2020(アメリカ/イギリス)/110分
監督/脚本:サム・メンデス
主演:ジョージ・マッケイ/ディーン=チャールズ・チャップマン、アンドリュー・スコット、コリン・ファース、ベネディクト・カンバーバッチ

 偏ったカタルシス

サム・メンデス監督の作品は、偏ったカタルシスが強い。

ロード・トゥ・パーディション』では、疑似親子の確執を。

レボリューショナリー・ロード』では、幻想夫婦の崩壊劇を。

自身の監督デビュー作となる『アメリカン・ビューティー』では、アカデミー賞とゴールデングローブ賞の両方でノミネートされるも、その内容はペドファイルの実態とその理想郷というなんともハードなテイストで、しかも主役のケヴィン・スペイシーが、現実でも自身の犯した性的虐待歴が明るみに出てしまうというおまけつき。。

つまり彼の描く世界は、大抵特定の人にのみ伝わる闇というのが真髄だけど、そんな彼が久しぶりに戦争映画を撮ると聴いた時は、若干違和感を覚えた。

 

戦争の悲劇を伝えるのには、映像では限界がある。

 

その辺りに溢れかえる臭気、人間としての葛藤、狂気の中でこそ芽生える信頼感なんかは、『プライベート・ライアン』の冒頭23分間にも及ぶ長回しで表現しようとしたスピルバーグでさえ、かなり手こずったはずだ。

英国王のスピーチ』のコリン・ファースや『SHERLOCK』のアンドリュー・スコット、更にはイングランドを代表するフェミニスト俳優カンバーバッチまで要所で出演している様だけど、著名俳優を根こそぎ悩ませる彼の演出力では、そこに勝算があるとは到底思えず。。

 

それでも、、

2020年度のアカデミー賞にノミネートされたこの映画は、その緻密過ぎるストーリー構成のあまりに他の追随を許さなかった『パラサイト』や、段違いの俳優の迫力を見せつけてくれたホアキンの『ジョーカー』には流石に及ばなかったが、私的にはこの二つの作品と壇上で並ばなければ、ピカ一の出来栄えだった。

それは、ワンカット風に繋ぎ合わせた映像で、110分間の戦争追体験をさせてくれたこの映画は、その技術力もさることながら、ワンチームで映画を創り上げる事の思念と執念とが、作品に渦巻いていたからだ。

・・ある一つの致命的な欠点さえ除けば。。。
 

 

 

 

 

あらすじ
第1次世界大戦が始まってから、およそ3年が経過した1917年4月のフランス。
ドイツ軍と連合国軍が西部戦線で対峙(たいじ)する中、イギリス軍兵士のスコフィールド(ジョージ・マッケイ)とブレイク(ディーン=チャールズ・チャップマン)に、ドイツ軍を追撃しているマッケンジー大佐(ベネディクト・カンバーバッチ)の部隊に作戦の中止を知らせる命令が下される。
部隊の行く先には要塞化されたドイツ軍の陣地と大規模な砲兵隊が待ち構えていた。
シネマトゥデイより引用

1917-02

 なぜワンカットにこだわったのか?

映画に求められるコトが変わり始めて久しい。

時代は、VFXやVR等の視覚効果の発達によって、映画の作り手側は自然と、観客に臨場感を与える事が責務になりつつある。

この映画もその類に漏れず、迫力の戦争追体験を実感させてくれた点においては、興行的な大成功を納めたと言っていいだろう。

 

・・けれど、どうしても少しだけ寂しさを感じてしまうのは・・・

 

今回の作品そのもののウリでもあるワンカット風映像は、映像経験者からしても執念の賜物。

曇天狙いの天候の調整から塹壕のロケセット、更にはあらゆる小道具、衣裳、メイク、エキストラ一人一人の導線の工夫に至るまで、まさに抜け目がない。

撮影監督のロジャー・ディーキンスが公言したように、この映画の実際の長回しは最長でも8分程度だが、単純計算しても30カット近くはあったはずのカットの繋ぎ目はすべて完璧な視覚効果によって補正され、その違和感は全くと言っていい程感じられない。

けれど、この監督の並々ならぬ執念とチームワーク、更にその技術力を煽る宣伝効果によって、110分間ワンカットのフレーズだけが、どこか独り歩きをしてしまっているような感覚が・・

 

つまり、『ジャーヘッド』でギレンホールにまで責め苦を負わせたリベンジとして、観客に究極の共感力を求めたサム・メンデス監督は、その代償に、なぜワンカットにこだわったのか?という根底の想いが、どこかぼやけてしまっていないだろうか?
  

 

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 恋心の戻る場所(※以下、ネタバレあり)

今回は特別にyoutubeからupさせてもらった本編のメイキング映像を動画素材として使用させてもらったが、俳優達の息遣いからシームレスのトーン迄、映画は110分間、息もつかせぬ程の臨場感に溢れている。

 

けれどその没入感は、戦場の疑似体験というフレーズだけで、片付けられてしまうものだったのだろうか?

・・とは言え、あまりにも滑らかな補正のジンバルやクレーン技術、更にはドローン撮影のおかげで、著者も一度の鑑賞では気付く事さえ出来なかったけど・・・

 

主人公のウィルが演じる兵士は、冒頭からやけに消極的だ。

それと対照的な『ゲーム・オブ・スローンズ』のトビン事トムは、同じく『ゲーム・オブ・スローンズ』の“キャスタミアの雨”で惨殺されたスターク家長男事ロブに、ドイツ軍の罠を伝えるという重圧を背負う。

けれどトムは慎重さと共に、ユーモアも忘れない。

自信を喪失しかけたウィルに、笑い話で場を和ます配慮と誠実さも兼ねそろえる。

・・それが、狂気に支配された戦場では、命取りになる事も知らずに。。。

 

この二人の対比的な兵士達の心情の変化こそが、戦場でいう処の本当のリアル

 

つまり、桜の倒木の中、ウィルがトムに打ち明ける戻る場所がないと塞ぎ込んでいた若者が、戦禍に身を投げた末に、一夜にして変わるその感情の揺らぎこそが、戦争映画をシームレスで観客に届けた監督の真意だったのではないだろうか?

 

この自暴自棄な青年の漠然とした戸惑いは、その夢うつつの中、水面で桜の花弁を顔に感じる描写、或いは友軍の占拠する森で兵士の歌声に茫然自失のまま耳を傾けている描写等にも、緊迫する戦場の様子とは、はっきり明暗のコントラストを切り分けて描かれている。

そんな一見草食男子系の彼が、エクストで出逢ったフランス人少女に足止めをされなかったのも、親友の死を目の当たりにした事で、生きる責務を感じているからだろう。

やがてその託された命だからこそ、ファーストシーンにそっくり繋がるラストシーンで、ウィルは秘めた恋心の戻る場所を見つけるという・・

 

この、人生を変えうる壮絶な一日の心情を慎重に繋ぐ為の映像技法が、それにこだわるあまり、本質が薄れていってしまった事に関しては、オスカーの栄誉をまたしても逃してしまった以上に、カタルシスを追求するサム・メンデス監督自身の身に起こった壮大な悲劇と言わざるを得ない。

 

「1917」の上映スケジュールはコチラから確認できます。
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