マリブのブログ

ミネルヴァの梟は迫り来る黄昏に飛び立つ

映画『ヘレディタリー/継承』の私的な感想―悪魔パイモンに魅入られた禁断の家族―(ネタバレあり)

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Hereditary/2018(アメリカ)/127分
監督・脚本:アリ・アスター
出演:トニ・コレット、ガブリエル・バーン、アレックス・ウォルフ、ミリー・シャピロ、アン・ダウド

 悪魔の存在

圧倒的な不気味さが漂う作品だ。

老婆の様な顔つきの無表情な少女。断面図的に切り取られる画の構図。

冒頭で死を迎えている老母の葬儀は、主人公である母の闇の儀式の始まりに過ぎない。

 

この映画の登場人物からは意図的にその背景が感じられない。

それはまるで、淡々と通過儀礼として現代の世でも受け継がれていく悪魔の存在を暗喩的に示唆しているかのように・・


深い知識が必要な描写や象徴的なミスリードも多少は散見するが、この冷然とした作りのストーリー展開そのものが、徐々に観客を闇の世界へと引きずり込んでいく。

 

監督兼脚本を務めるアリ・アスターはこの映画がデビュー作の様だが、いったいどんな思考回路を持つとこの凄惨なラストシーンを思いつくのだろう?

「直近50年のホラー映画史の中の最高傑作」なんて謳われるとどうしてもちょっと斜に構えてしまった自分の猜疑心が、上映後のスクリーンの前で木端微塵に打ち砕かれてしまった、正に究極のホラーだ。

www.youtube.com

 

 

 

 

グラハム家の祖母・エレンが亡くなった。
娘のアニーは、過去の出来事がきっかけで母に愛憎入り交じる感情を抱いていたが、家族とともに粛々と葬儀を行う。
エレンの遺品が入った箱には、「私を憎まないで」というメモが挟んであった。
アニーと夫・スティーヴン、高校生の息子・ピーター、そして人付き合いが苦手な娘・チャーリーは家族を亡くした喪失感を乗り越えようとするが、奇妙な出来事がグラハム家に頻発。
不思議な光が部屋を走る、誰かの話し声がする、暗闇に誰かの気配がする・・・
Filmarksより 

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 絶望の不協和音が鳴り響くその先には・・ (※以下、ネタバレあり)

ディテールから言うと、白人の夫婦の間にアラブ系にしか見えない息子が登場してきた時点で違和感を感じずにはいられなくなってしまうが、そんな邪推はこの映画の観賞中はひとまず飲み込んでみてほしい。

それはM・ナイト・シャマランの『アンブレイカブル』の中で描いた単純な人種トリックではなく、歴史的かつ壮大なスケールのレトリックが内包されているからだ。

 

見た目ではなく、人の内に秘める嫌悪感をここまで膨らませているホラーも珍しい。

冒頭でチョコバーを手に持つ少女は一見可愛らしく見えるが、実はその正体はちょっと複雑。

チョコの歴史には意外な暗黒史が残っている。

16世紀に世界最大の富を手にしていたアステカ帝国ではカカオ豆を通貨として利用し、それを制圧したスペイン人はアフリカでこれを原料に多数の児童奴隷を使っての強制労働を強いてきている。

そんな正に悪魔の食べ物を手にしながら、タイミングを見計らうかのように舌を鳴らし続けている彼女は、やっぱりどこから見てもその化身の様にしか見えないが、そんなのはまだまだ序の口。

 

母親役のトニ・コレットは『リトル・ミス・サンシャイン』や『プールサイド・デイズ』でも見せつけてきたように、心にわだかまりを抱える母親の役が絶妙に上手いが、この作品で彼女を苦しめているのはズバリ家族への愛情の示し方

秘密主義の母親から愛情を感じなかった自分、そしてそのおかげで息子、娘たちへの愛し方が分からない自分、更にその歪んだ倒錯具合は彼らの遺伝子にまで継承され、互いに微妙な距離感を取り続ける家族の不文律は、人が本能的に感じる嫌悪感をひたすらに煽ってくる。

 

そしてやっぱり印象的なのは、物語に散りばめられた悪魔パイモンの存在。

パイモンとは

パイモンまたはペイモン(Paymon, Paimon)は、ヨーロッパの伝承あるいは悪魔学に登場する悪魔の1体。悪魔や精霊に関して記述した文献や、魔術に関して記したグリモワールと呼ばれる書物などにその名が見られる。
この悪魔が現れる際には、王冠を被り女性の顔をした男性の姿を取り、ひとこぶ駱駝に駕しているとされる。また、トランペットやシンバルなどの楽器を携えた精霊たちを先導として現れる。最初に現れた際にパイモンは大音声で怒号のように話すため、服従させない限り召喚者はパイモンの話を理解できないという。
ルシファーが天に叛旗を翻した際にもっとも忠実に従った地獄の西の王であり「火」を司るこの悪魔は、人に人文学、科学、秘密などあらゆる知識を与えるといわれ、大地がどうなっているか、水の中に何が隠されているか、風がどこにいるのかすら知っているという。召喚者に地位を与え、人々を召喚者の意思に従わせる力も持つ。また良い使い魔を用意してくれるともいう。
wikipediaより抜粋


劇中には、この悪魔の存在を彷彿とさせてくる描写が数多く登場する。

それは例えば夜道の電柱や、母親が集団セラピーで出逢う謎の主婦の自宅の装飾にも描かれているが、この不気味な悪魔の正体がなぜパイモンだったのだろうか?

 

悪魔が登場する映画といえば、定番なのがまず『エクソシスト』。

憑依される女の代名詞の様に有名になったリンダ・フレアは、この映画の中で彼女の肉体を乗っ取って暴れ狂う悪霊パズズによってその精神が崩壊してゆく。

出演者の怪死で話題を呼んだ『ポルターガイスト』シリーズでは、悪霊の正体こそ明かされないものの、多くの怪現象によってフリーリング家は混迷を極めていく。

 

つまり悪霊召喚モノ映画の定石は、その悪魔の存在が家族を不幸に貶めていくことこそがホラーなのだが、この作品は一味違う。

 

パイモンはソロモン72柱の一人にして、悪魔界最高の200の軍団を持つ博識の王。

そこから想像を膨らませていくと、仮面家族に憑りついたパイモンの誕生は何に準えているのだろう?

 

様々な事象の模型作りに精を出す母親の様子や、R指定お構いなしにスッパリ頭部のもげた人間が映し出される様は、恐怖心を煽っているだけにしてはどうも抽象的過ぎる。

更に祖母の形見となった心霊主義の書に残された遺言には、

「私を憎まないで。失ったものに絶望しないで。最後に価値がわかる」

なんてメッセージが添えられているが、それは本当に母親に宛てた言葉だったのか?

 

そこで思い出してもらいたいのが、息子のピーターを演じているアレックス・ウルフ。

彼はこの作品で実際に顔面を机に強打する程の迫真の演技を見せたが、ここまで緻密な演出を仕込んだ監督は、なぜ実際の親子には到底見えない彼をわざわざ起用してきたのだろう?

 

一辺倒なホラー映画の見方では少々気付きづらいかもしれないが、つまりこの映画は聖書の黙示録に記載された世界そのものの終焉を示してきている。
 

 

この獣には、また、大言を吐き汚しごとを語る口が与えられ、四十二か月のあいだ活動する権威が与えられた。
そこで、彼は口を開いて神を汚し、神の御名と、その幕屋、すなわち、天に住む者たちとを汚した。
そして彼は、聖徒に戦いをいどんでこれに勝つことを許され、さらに、すべての部族、民族、国語、国民を支配する権威を与えられた。
地に住む者で、ほふられた小羊のいのちの書に、その名を世の初めからしるされていない者はみな、この獣を拝むであろう。

「ヨハネの黙示録」 13:5-8より

 

ラストの頭のもげた家族たちが集まりだす庭のツリーハウスは、そんな彼らにとっての神聖な悪魔崇拝儀式のチャペル。

 

つまりこの映画の最大の恐怖は、そのラストシーンから始まる邪気が次第に世界を飲み込んでいくであろう壮大な悪魔降臨を示唆している点にある。

 

彼らはそれまでの道徳観念を持つ首をすげ替えられ、パイモンによって栄誉ある知識を継承されていくかのような・・

 

そんなホラー業界の倫理観さえも打ち破ってきたこの映画は、物理的な感覚だけの恐怖に留まらず宗教的な見地からも、絶望の不協和音が鳴り響く結末の先に、そこはかとない恐ろしさを真正面から伝えてくる。

 

『ヘレディタリー』
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