マリブのブログ

ミネルヴァの梟は迫り来る黄昏に飛び立つ

映画『ひとよ』の私的な感想―親から子へ受け継がれる因果の法則―

Hitoyo01

Hitoyo/2019(日本)/123分
監督:白石 和彌
出演: 佐藤 健、鈴木 亮平、松岡 茉優、音尾 琢真、韓 英恵、MEGUMI、佐々木 蔵之介、田中 裕子

 舞台から生まれた儚い親子の戯曲

“親の因果が子に報う”なんて負の連鎖を象徴することわざがあっても、そこに希望を抱かせてくれるコトバは、どうしても思い当たらない。。


それは、元々仏教国な日本そのもののカルマ(業)なのか?

 

近年異様なハイペースで大衆映画を量産する白石監督が、どこまで消せない親子の絆に見識があるのかわからないけど、時折強い政治思想が垣間見える彼の作品群の中では、一際優しい印象を受ける作品だった。

これまでの『凶悪』や『孤狼の血』の様なバイオレンスは控えめで、『サニー/32』や『麻雀放浪記2020』の頃のようなギャグセンスも控え目。

代表作の『彼女がその名を知らない鳥たち 』の様なしっとりとしたテイストなわけではないが、『止められるか、俺たちを』の様な時代を呪う激しさもあまり感じられない。

そんな全ての作品を、この5,6年の間に撮り上げてきた彼は、監督としては若干器用貧乏に見えてしまうけど、この映画で描きたかったような人情をメインテーマに添えると、ちょっとだけその箔が付く。

 

とは言え、そのツッコミ処はまだまだ大いにある。

DV夫から子供を守る為に父を殺害した母への差別は、いくらそれが地方都市の現状であったとしても、そこまで苛烈なものではないだろうし、逆にそれを映画で全て説明するには、若干尺が足りない。

元々、原作者の桑原裕子が主宰する劇団「KAKUTA」の15周年記念公演にむけて書き下ろされたこの作品は、その内容自体が舞台用の戯曲である事からも、細部に至る綿密な人物設定は、殆ど役者の裁量に委ねられている。

 

「映画は監督のもの」、「舞台は役者のもの」とはよく言ったもので、俳優に求められるスキルは、両者で実は大分違う。

 

この映画は、そんな演者達の熱量で語られる親子の蟠りを、しっとりと舞台目線で感じ取るには、丁度いい塩梅かもしれない。。

 

 

 

 

 

あらすじ

どしゃぶりの雨降る夜に、タクシー会社を営む稲村家の母・こはる(田中裕子)は、愛した夫を殺めた。
それが、最愛の子どもたち三兄妹の幸せと信じて。
そして、こはるは、15年後の再会を子どもたちに誓い、家を去った—。たった一晩で、その後の家族の運命をかえてしまった夜から、時は流れ、現在。
次男・雄二(佐藤 健)、長男・大樹(鈴木亮平)、長女・園子(松岡茉優)の三兄妹は、事件の日から抱えたこころの傷を隠したまま、大人になった。
抗うことのできなかった別れ道から、時間が止まってしまった家族。
そんな一家に、母・こはるは帰ってくる。
15年前、母の切なる決断とのこされた子どもたち。
皆が願った将来とはちがってしまった今、再会を果たした彼らがたどりつく先はー。

Filmarksより引用

Hitoyo02

 親子のもどかしさ

兄弟がそろって煙草を燻らすシーンが、やけに印象的だった。

むしろこの映画は、そのワンシーンの気だるさだけで十分だったかもしれない。

 

愛煙家の居場所が無くなりつつある中、まさしく肩身が狭そうに縮こまって背中で紫煙を燻らすその彼らの黄昏る様子そのものこそが、切っても切れない親子の腐れ縁と、絶妙にダブる。

 

劇中で、久方ぶりの再会を果たす殺人犯の母とその三兄弟の在り方は、三者三様。

無口だが、蟠りを抱える長男。
戸惑いつつも、その母親との距離感を、ゆっくりと縮めようとしていく長女。

そして、逆恨みをしながらも、誰よりも母の最期の願いを頑なに貫き通そうとする次男のその様子は、不器用な親子関係の狭間で悶え苦しむ、母を思う子の姿そのまま。。

 

るろ剣』以降、すっかりお茶の間のフェミニン男子のモデルの様なイメージのついてしまった佐藤健が、その厚ぼったい一重瞼の奥で、憎しみや憤怒の感情と入り混じった複雑な母への愛情を、饒舌に物語る。

言葉が円滑にしゃべれない瑕疵を背負った長男を演じる鈴木亮平も、その佇まう背中だけで、長年一家の大黒柱を担い続けた辛労を表現し、母の温もりを探し求めるかの様に、DVな男に惹かれる長女を演じる松岡茉優の幼気な様子もそれに同じ。

元祖魔性の女として知られる田中裕子が演じる母の存在感も、抜群に良かった。

その物憂げだが妙に芯の通ったか細い目元からは、トップアイドルだったジュリーを略奪した頃の妖艶な魅力を、齢60歳を過ぎても尚、しっかりと漂わせている。

佐々木蔵之介演じる元ヤクザのタクシー運転手だけは、どうも劇画チックな登場人物に見えてしまうけど、その自暴自棄になってゆく過程は、どうしても過大な期待を子に抱いてしまう親の落花流水の情にも似た危うい感情を、観客に分かりやすく伝えていた。

 

ラストで、この彼と次男の歯痒さとが共鳴しあってしまう様子は、傍から見れば少し滑稽に映るだろうが、この茶番劇こそが、心理的リアクタンスでも裏付けられる親子の因果の法則

 

男はつらいよ』シリーズの寅さんからも脈々と受け継がれてきた、このもどかしさから生まれる遁世の様子は、何時の世でも、勝手な思い込みで因果に捕らわれ続け生きる子供の苦海を、儚く伝える。

 

一般論や常識的な価値観では、この秋波に塗れた感覚はなんとも表現しづらいけど、何者にもなれない憤怒の炎を燃やすうだつの上がらないルポライターなんて目線から語られてしまうと、激動の時代を生き抜いた父や母、或いは兄弟なんかの背中に、密かな劣等感を抱くロスジェネ世代には、深く胸に突き刺さってくる作品だろう。

 

「ひとよ」の上映スケジュールはコチラで確認できます。
www.mariblog.jp

sponsored link