マリブのブログ

ミネルヴァの梟は迫り来る黄昏に飛び立つ

映画『マーターズ』の私的な感想―アンナの台詞に隠された本当の恐怖―(ネタバレあり)

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Martyrs/2008(フランス/カナダ)/100分
監督/脚本:パスカル・ロジェ
主演:モルジャーナ・アラウィ、ミレーヌ・ジャンパノイ/カトリーヌ・ベジャン

 私的なベストスリラー映画

この映画だけは胸糞なんて言葉じゃ、語りつくせない。

けれど大抵のレビューサイトでは、この映画の核心がイマイチ理解できてないような気がして。。

私的にはNo.1スリラー映画と呼ぶにふさわしい傑作だと思っているので、ちょっと古いが、今回はその監督の意図したその真の恐怖を解説してみたい。

 

ゴーストランドの惨劇』の公開を間近に控えたパスカル・ロジェ監督の代表作と言えば、やっぱり言わずと知れた怪作『マーターズ』。

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自分は正直この作品ほど、エグイ映画を知らない。

戦慄の殺戮描写?グロテスクなモンスターの造形?

そんなものを遥かに凌駕してしまうほど、この映画はとてつもなくおぞましい。

日曜の昼下がりに、ちょっと刺激が欲しくなった主婦なんかが、うっかり手を出してしまうと、きっと激しく後悔する事になるだろう。

お化けやゾンビ、或いは超常現象的なものではないので、自分のブログではあえてホラー映画としては扱わないが、その映像から伝わってくる恐怖の核心と言ったら・・

 

あまり万人にオススメできるタイプの映画ではないが、心理的な恐怖を与えてくる映画を見まくっても尚、その好奇心を満たせなかった方達にのみ、相応の覚悟を持って挑んでみてもらいたい映画だ。
 

 

 

 

 

あらすじ

1970年代のフランス、何者かに拉致監禁され、長期にわたり虐待を受け続けた少女リュシー(ジェシー・パム)は自力で逃げ出し、傷だらけの状態で発見される。
養護施設に収容された彼女は心を閉ざしていたが、同年代の少女アンナ(エリカ・スコット)にだけは心を許していた。
15年後、リュシー(ミレーヌ・ジャンパノイ)は自分を監禁した相手を発見し、猟銃を手に犯人宅を訪れる。

シネマトゥデイより引用

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 二部構成のスリラー(※以下、ネタバレあり)

まさにマスター・オブ・スリラーに君臨するこの映画を見る前には、まずはある程度胸糞映画に対する耐性を整えておくべきかもしれない。

例えば、『屋敷女』あたりで、ブラッドスプラッターの免疫を。

例えば、『ホステル』あたりで、サイコパスな上級市民への理解を。

出来れば、『オールド・ボーイ』なんかも見て、監禁生活から解放された人の自我の激しが少しでも想像できるようになっておけば、この映画の深部の怖さが少し伝わりやすくなる。

冒頭のドキュメンタリーチックな映像からは想像も出来ないほど、最終的には痛覚を鋭く突いてくる映像までてくるので、それなりの心の準備が必要。。

 

更に単純なスリラーだと思っているとちょっと追いつけなくなるが、この映画は実は二部構成的に主役が二人いる。

 

長年の監禁生活のトラウマから、幻覚の何かに苦しめられているリュシー。

そんな彼女を愛してしまっている事に気づき、その復讐劇に巻き込まれるアンナ。

ハリウッドでリメイクされた2015年度版『マーターズ』では、ここの肝心な同性愛要素があろうことかぼかされてしまっているので、この映画の本当の怖さを味わってみたい方は、是非フランスの原版を見る事を強くおススメしたい。

 

そしてこの二人の女は、ある時点でその主役の座が入れ替わる。

この巧妙な心理トリックによって、集中して見ている観客はいつの間にか主人公の感情にすんなり同調できてしまう。

 

つまり冒頭から何の説明もなく、あまりに激しいリュシーの復讐心に、イマイチのめり込めない視聴者とまったく同じアンナの疑念。

 

けれど、大抵のスプラッターやスリラー映画なんかに耐えられてきた方でさえ、目を覆いたくなるような禁断の恐怖映像がここから始まっていくのだが・・

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 感覚遮断により生み出される魔物

このスリラーがずば抜けて怖いのは、まず的確で感覚的に見せてくる数々の精神的拷問シーン

ここに血生臭さや、信じる事が出来なかったアンナの絶望感なんかを上手く織り交ぜ、受け手の感覚を深く抉ってくる。

 

その象徴ともいえるのが、まずは彼女。 。

 

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ホワイトトーチャーと呼ばれるこの感覚遮断により、意図的に体感幻覚を生み出すまでに拷問され続けた人間の様子をみて、皆さんは何を感じるだろうか?

家畜以下の飼育環境。感情もなく徹底的に繰り返される暴力。

挙句に、女性の尊厳をゆっくりと奪っていくノワールな映像は、視聴者の度肝を抜く。

その醜悪な映像を一切の妥協なく、淡々と繰り返し見せ続けるパスカル・ロジェの手法は、もはや称賛するべきなのか・・・

しかし、リュシーを長年苦しめているクリーチャーの正体が、統合失調症に陥った状況から、自分と同じ境遇の彼女達を救えなかった自責の念から生み出された幻覚の魔物である事に留意しておくと、ラストの秘密は解き明かされる。 。

 

 

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 激しい後悔に晒された者だけが辿り着く場所

リベンジもののような激しい緊張感を与えてくるリュシーの物語から始まり、ホーム・インベージョンものようなアンナの惨い拷問シーン。。

そのあまりに苛烈なシーンのおかげで、ミソジニーセクシストなんて揶揄されるロジェ監督は、その全ての恐怖をも更に上回る究極の謎を映画のラストに残す。。

 

タイトルの“マーターズ”とはギリシャ語に由縁を持ち、“証人”とされる人の信仰心を呼び起こすものであるかどうかに基準が置かれている。

つまり彼女が映像上オフにされたそのメッセージは、それなりに影響力のある言葉だったはずだ。

ネット上では殉教者と化したアンナの最期の台詞に、死者からのメッセージ説やら、呪いの言葉説等、様々な憶測が飛び交っているようだが・・

 

ここで『コクソン』や『mother!』あたりの、キリスト教義的な解釈をちょっと思い出してもらいたい。

リメイク版の神父も、オリジナル版のマドモアゼルも、彼らの教義上、自殺は決して許されない行為のはず。。

にもかかわらず、二人はアンナの台詞を聴いた後に、すぐさま拳銃自殺し、その秘密は明かされないまま物語は終わってしまう・・・

しかし、この二人共に共通してる事は、教義を無視してでも悟る真理がそこにあったと言えるのだろう。

そこで彼女達が残したヒントに想像を巡らせてみると・・


マドモアゼルがアンナに見せた臨死体験者には、ある一定の後悔という共通点がある。

 

鶏を盗み罰を受けた女は、その最期にきっと自らの罪を悔やんだだろうし、不貞を働きドイツ人と寝た食料品店の女もそれはしかり。

つまり殉教者として死後の世界を垣間見た人間達には、激しい懺悔の心に晒されていた可能性があると言える。

 

劇中のアンナはリュシーに恋心を示すも、彼女の幻覚症状を最後まで信じ貫く事が出来ずに、自らも囚われの身となり監禁生活が始まってしまう。

 

その慙愧の念から、死を受け入れた者のみが辿り着ける世界。。

 

あらゆる宗教観を一切否定し、悔いを残す者のみしか死後の世界に到達する事が出来ずに魂が消滅するのだとすれば、「疑いなさい」と意味深なメッセージを残して死んだマドモアゼルの行動、或いはそれまでの彼女達の冷情性を極めた殺戮劇も納得がいく。

 

人々が苦痛と向き合わない世の中では、殉教者でなく、犠牲者しか生まれない

という彼女の言葉通り、人生の帳尻合わせの様に、死後にしか希望を託せない人の魂が集う場所があるのだとすればちょっと覗いてみたい気もするけど、軟弱な自分としては、十字架の様に心身ともに苦痛を味わわなければ死後の世界自体が存在さえしない現実を突きつけられたとしても、やっぱり、現世を思う存分楽しんでみたい。

 

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