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ミネルヴァの梟は迫り来る黄昏に飛び立つ

映画『羊の木』の私的な感想―バロメッツに暗示された疑う者の正体―(ネタバレあり)

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羊の木/2018(日本)/126分
監督:吉田 大八
出演:錦戸 亮、木村 文乃、北村 一輝、優香、市川 実日子、水澤 紳吾、田中 泯、松田 龍平

 吉田大八監督の渾身の問題作

吉田大八監督作品の中では、一番難しい作品かもしれません。

犯人捜しのサスペンスの様で、ヒトの業、倫理学にまで踏み込んだこの映画は、是枝組の『万引き家族』にも通じた社会批判を大いに盛り込んだ問題作。

『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』『クヒオ大佐』で見せた吉田監督ならではのコミカルな演出は、この作品においてはより一層不気味さを醸し出しています。

 

過疎化した田舎町で始められる元受刑者達の国家プロジェクトというテーマ自体にかなりエッジがきいており、見終わった後の何とも言えないもどかしさは彼のこれまでの作品の中でも群を抜いた一級品。

「信じるか、疑うか」

というキャッチコピーどおり、この映画は観た観客に登場人物たちのすべての判断をゆだねている作風になっていて、これまでの吉田組とはちょっと違う異例のテイスト。

今回はその監督の問いかけに対する私的な感想も含めて、ネタバレを含んだ解説をしてみます。

 

 

 

―――過疎化の進んだ架空の港町・魚深市で極秘に施行された更生プロジェクト。
錦戸亮演じる月末一はそんな地方都市の市役所職員で、彼は戸惑いながらも元受刑者たちを受け入れる世話係を務める事になる。
街に集まってきたのは、年齢も性別もバラバラの6人の男女。
彼らはそれぞれの理由で過去に殺人事件を犯した元犯罪者だが、社会復帰を望む者。
やがて月末が密かに恋心を寄せていた木村文乃演じる彼の同級生・文も街へと帰郷。
更に港に上がった死体をきっかけに、彼らの運命の歯車は狂い始めていく・・ 

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 人物の心理を表す不協和音

これまでコミカルな劇中歌、SE等を多用してきた同監督がこの作品でスポットライトを当てたのは不協和音

物語の冒頭から流れる木琴のような音色は、それまでの吉田監督らしいポップな演出かと思いきや、視点人物でもある月末の心象をはっきりと表現しています。

純朴で素直な彼の心は、殺人犯というちょっと違和感のある不気味な入居者たちのフレーズから徐々に歪み始めますが、それでも決して感化されることなく、単調にそのリズムを刻み続ける・・

そして松尾諭演じる月末の幼馴染み・須藤らが興じるバンド活動の様子には何とも言えない気怠さを感じます。

スマパンかニルヴァーナを連想させる不協和音をボーカルなしで奏で続ける彼らに、地方都市らしい封建社会の中で抑圧された倦怠感を感じてしまったのは自分だけでしょうか?

ストーリーの軸にもなるこの先入観を持った人間達の瑕疵が、最早サントラの中にも巧みに内包されている演出に、吉田監督の出色さが伺えてきます。

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 救われる者と救われぬ者

ギャグマンガ出身の山上たつひこいがらしみきお両名の原作から大分逸脱したこの映画は、劇中で社会に溶け込んでいこうとする6人の元受刑者たちの心象風景を中心に描かれています。


そして彼らのうち、誰が救われ、誰が救われないのか・・・

 

冒頭に出てくる水澤紳吾演じる福本は、気弱だがスイッチが入ると暴走してしまうタイプの典型的な日本の中年男性。

古風な元やくざだった田中泯演じる大野と合わせて、不器用だが悪意無く人を殺めてしまったこの二人は、視聴者からすると一番共感を持てる人間達かもしれません。

「人が肌で感じる事は大概正しいです」

という大野の台詞通り、彼らは誤解や偏見に塗れた社会で過ちを犯しましたが、ヒトの本質を見抜ける人間達との出逢いによって救われていきます。

 

優香演じる太田や市川実日子演じる栗本に象徴されているのは、人との距離感が掴めない人。

ちょっとエロティックに描かれている太田は、従順だがヒトの愛し方がわからない女性の典型的な例で、相手を尊重するがあまりに夫の指示通り、セックス中に殺してしまいます。

栗本はDVに耐えかねた末彼氏を撲殺してしまう過去を背負う女ですが、ふたりに共通するのは自信のない自分からくる相手への迎合

栗本は許容範囲の広い年配者の月末の父への依存、太田は誰からも距離を置くスタイルで一時の平穏を手に入れますが、今後の長い人生を鑑みると二人の先行きは何とも危うく感じてきます。

 

暴力事件で相手を死に至らしめてしまった松田龍平演じる宮越と北村一輝演じる杉山は、一見同じ種類の人間の様に見えますが、杉山の殺人の根底にあるのは自己顕示欲

しかし大野との会話にもある通り、彼もまたその浅はかで不甲斐ない自分を認識した上で、喪失した自我を取り戻すかのように仲間を探し続けている様子には、救いようのない痛々しさを感じます。

 

宮越は結局の処、典型的なサイコパスですが、恐ろしかったのは彼の言動。

移り住んできた受刑者達の中では一際友好的に街に溶け込もうとしていた彼も、裏を返せば、自分の倒錯した思考を認知しているが故の行動に見え、松田龍平の普通を振舞おうとする絶妙な芝居がより一層恐怖を煽り立ててきます。

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 突き刺さる台詞と人のホンネ

上述した元受刑者たちが置かれた環境下の中で、吉田監督が映画内に散りばめたそれぞれの台詞は、かなり心に突き刺さるストレートなものでした。

これまでのコミカル路線を一旦払拭し、人の本音をかなり深いトコロまで抉って来た彼の演出は、くぐもった社会の中で普段自分たちが呑み込んでしまう感情を随分ナチュラルに吐露させていた様に感じます。

 

大野が勤めるクリーニング店の女主人はその典型で、彼女の飾らない台詞の中の純粋な思いは痛く胸に染みます。

前項で述べた大野の台詞の前に、彼の風貌を怖がる住民に対して、

「あんたのせいだけど、あんた一つも悪くないでしょ」

という彼女の言葉は、人を見てくれで判断してしまう彼らの葛藤を包まず現した秀逸な台詞。

その後、大野が過去を暴露した後に彼女は一旦はクビを宣告しますが、自分の感覚を信じ彼を引き留めるシーンには胸に大分熱いモノが込み上げていきます。

 

「分かったら付きあうんじゃなくて、分かりたいから付き合うんじゃないの?」

と、人を殺す事に罪悪感を覚えられない宮越と付きあい始める文のこの台詞にも、臆病でいつの間にか感性よりも安定を求めようとする自分たちの弱さを代弁しているかの様。

結局彼女は、救いようのない闇を宮越に感じた瞬間、その気持ちを遮断してしまいますが、それは純粋な思いには常に危険が付き纏うという悲しい人の世の性を故意に暗示しているのでしょうか?

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 “羊の木”の意味

人の性とホンネにフォーカスを絞ったこの作品は、物語のモチーフにも使われたこの羊がなる木に実は既に彼らの未来は暗示されています。

紀元前の中央アジアに広く分布すると信じられてきた伝説上の植物であるこの木は、別名、バロメッツとも呼ばれ、作品の冒頭に東タタール旅行記の一節として紹介される様に、木綿を知らなかった当時のヨーロッパ人の無知から生じた誤解によって創作されたもの。

羊のなった花に準えて、この映画で生き残った5人の元受刑者(介護士の太田、清掃員の栗本、クリーニング店の大野、床屋の福本とその上司で元受刑者だった雨森)を暗喩していますが、注目したいのは画の中央に描かれた2枚の枯れた葉の存在。

ここに象徴されるのは実る事の出来なかった2人の元受刑者ですが、彼らには社会復帰できるチャンスは最初から訪れないというメタファーなのでしょうか?

ここでバロメッツの紹介を引用しておきます。 

スキタイの羊、ダッタン人の羊、リコポデウムとも呼ばれるこの木は、本当の名を「プランタ・タルタリカ・バロメッツ」といい、ヒョウタンに似ているものの、引っ張っても曲がるだけで折れない、柔軟な茎をもっているとされた。

時期が来ると実をつけ、採取して割れば中から肉と血と骨をつ子羊が収穫できるが、この羊は生きていない。実が熟して割れるまで放置しておくと、「ぅめー」と鳴く生きた羊が顔を出し、茎と繋がったまま、木の周りの草を食べて生き、近くに畑があれば食い散らかしてしまう。周囲の草がなくなると、やがて飢えて、羊は木とともに死ぬ。ある時期のバロメッツの周りには、この死んだ羊が集中して山積みになるので、それを求めて狼や人があつまって来るのだと言う。

 wikipediaより抜粋


少々難解な比喩ですが、羊を受刑者、実が付く時期を更生期間、周りの草や畑を社会に準えてみると、

 

過ちを犯した人間の贖罪と再生、そしてそれを受け入れる社会の責務を説いた作品だった気がしてきます。

・・つまり、実が熟れるまで彼らを怖がり社会が放置し続けていると・・・

 

チンピラ風情が抜けない杉山にも、彼が自制心を培った上で、福本や大野、或いは太田の様に心から愛される人間が側にいたら、その顛末も違ったカタチになったのかもしれません。

 

のろろ様に準えた天罰により抹殺された宮越の様に、ヒトは過ちを犯した人間を絶対に受け入れられないのでしょうか?

 

劇中唯一、他者との関わりを徹底的に拒み続け、輪廻転生を待ち侘び続ける栗本のような生き方でしか罪人が救われないのだとしたら、それはあまりにも・・・

 

一見、元受刑者たちの再生を試みた田舎町のプロジェクトを題材にしている様で、踏み込んで考えると、本当に試されているのはそれを受け入れる側の自分達自身

 

物語の全編を通じていいヒトキャラを貫いた月末が、現代社会の人間たちの中では一番フィクションに感じられてしまう寂しさを強く感じました。

 

「羊の木」
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