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映画『殺人の追憶』の私的な感想―歴史的未解決事件を基にしたサスペンス―

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살인의 추억/2003(韓国)/130分
監督: ポン・ジュノ
出演:ソン・ガンホ、キム・サンギョン、パク・ヘイル

 警察の醜態、未解決事件をモチーフにしたサスペンス

実在した事件をモチーフにした映画の中で、こんなにも不条理な映画は珍しい気がします。

大量殺人鬼を題材にした映画では、ジャック・ザ・リッパーの半生を描いた『フロム・ヘル』等が有名ですが、東洋近代史の中で未解決のまま時効を迎えてしまったこの「華城連続殺人事件」を知っている日本人は割と少ないんじゃないでしょうか? 

 

華城連続殺人事件(ファソンれんぞくさつじんじけん)とは

1986年から1991年にかけて大韓民国の京畿道華城郡(ファソン)(現在の華城市)周辺で10名の女性が殺害された未解決事件で、韓国史上最初の連続殺人。
86年9月に当時71歳だった被害者が、下半身のみ裸で発見された強姦殺人事件を皮切りに、異常な性行為の痕跡等の偏執性が特徴の猟奇殺人。
2006年4月2日に、10人目の被害者グォン・スンジャさんの事件の時効が成立したことにより、その後全ての事件について犯人を訴追することが出来なくなった。
この事件では韓国史上類を見ない捜査が行われ、事件の総動員数は警察、機動隊合わせ約167万名、容疑者及び捜査対象者は2万1千人余りに達している。

Wikipediaより抜粋

 

2018年1月に公開された『殺人者の記憶法』と同じ題材のこの映画は、その事件の異常性もさることながら、韓国社会の暗部を抉り取った作品としても非常に有名。

映画の中では匂わす程度でしたが、当時の韓国では全斗煥(チョン・ドゥファン)が武力鎮圧で政権を奪取していた頃で、公安対策に追われていた警察が民間の刑事事件に余力を割けるレベルにまで達していなかった事が、この事件を迷宮入りさせてしまった一番の原因と考えられています。

ソン・ガンホ演じる田舎刑事パクは退廃した警察の象徴的な存在。

横暴な取り調べでの自白強要、様々な容疑者証拠の捏造等、当時の韓国の国家権力の醜態ぶりが赤裸々に描かれています。

 

ポン・ジュノ&ソン・ガンホでパルムドールを獲得した映画はコチラ

www.mariblog.jp 

 

 

牧歌的な田園風景が広がる華城市の用水路から、手足を束縛された女性の変死体が発見される所からストーリーは始まります。
 ―――担当刑事のパクは、暴力的だがどこか憎めないキャラクターで、相棒のチョ刑事と共に古典的な”足を使った捜査”で犯人を探し出す。
捜査線上の初めに上がったのは、知的障害を持つ焼肉屋の息子、グァンホ。
二人は彼を拷問にかけ自白を強要させるが、彼の手は幼い頃父親から受けた虐待により、自由には動かない。
同時期に転属されてきたソウル市警の若手インテリ刑事ソ・テユンにより、それを指摘されたパク達は、それぞれの方法で犯人像を絞り込んでいこうとするが・・

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 交差する想い、韓国の裏歴史

80年代の古き良き時代の野獣刑事と、近代的な犯罪心理捜査を主体にするインテリ刑事との対峙を軸に描かれたこの映画は、異常犯罪の捜査を進めていくその過程で徐々に交差していく二人の刑事の心理描写が中々見事。

生真面目な犯罪心理捜査を追求していく都会派刑事ソ・テユンは、やがて常軌を逸していく連続殺人の中で少しづつ彼の倫理が崩壊してゆき、最終的にはパク以上の衝動的な感情が爆発していきます。

そして彼とは相対的に、長年の刑事生活で培った鋭い観察眼を持つ刑事パクは、容疑者がニ転三転していく中で、自らの直感に自信が持てなくなり、最終的に追い詰める容疑者Xに対してはその自分の信念が揺らいでしまいます。

劇中では哀愁深く描かれていたこのパクのモデルの刑事「ハ・スンビュン」は、実際には晩年それなりに悲惨だったようで、定年まで残り8か月を迎えた2005年12月30日、この事件の一切の責任を負い退職金を貰う事なく辞職しています。

以下がハ・スンギュンが刑事職を辞した時のコメント

 

「私が『殺人の追憶』の主役だというが、本当は失敗した刑事に過ぎない。マッカーサー将軍は『老兵は死なず、消え去るのみ』と言ったが、私がその去っていく老刑事だ。私は諸君を信じる。この中の一人が必ず連鎖殺人犯を捕まえるものと。

2005/朝鮮日報より


しかし、2006年4月14日、最後の犠牲者の事件の時効が成立し、この韓国が民主化する中での歪みに生まれた黒歴史の真相は永久の謎となりました。

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 衝撃のラストシーン、パクの目線の先にあるもの

ここからはネタバレになりますので、観賞後にどうぞ。

冒頭に描かれたパク刑事が排水溝を覗き込む描写で、歴史に埋もれた韓国の暗部を隠喩したこの作品は、私的には映画そのもののインパクトより、この猟奇的な連続殺人事件に対する監督の最後のメッセージの様なものを感じました。

雨の日に殺される赤い服の女。
その殺された女達の膣の中に埋められた桃の実。
ラジオ局に投稿される「憂鬱の手紙」の歌のリクエスト。

等、事件のキーワードとなる手掛かりには昭和臭漂う雰囲気が満載。

色褪せていく歴史の中での、事件に対する監督の強い執着が感じられ、その中で最も印象的なのは、ラストシーンに登場する年老いたパク刑事の迫力のドアップ。

時効成立の3年前、2003年に公開されたこの映画は、当時の韓国映画界で空前の大ヒットを記録しましたが、元々の原作は戯曲として世に出されていて、2018年現在もモロ師岡を主役に日本でも舞台化されています。

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スクリーンいっぱいに広がるパクの鋭い目線の先。。

迷宮入りした犯人を今尚鋭く見つめ続ける人々の凝縮された思念に、思わず鳥肌が立ってしまった作品でした。

 

尚、2019年11月に、最新のDNA鑑定によってこの事件の犯人がようやく特定されましたが、時効の成立してしまった今、彼の自白によってどこまで事件の被害者の遺族が報われるのかも、今後注目される事でしょう。

www.newsweekjapan.jp

 

日本の猟奇的未解決事件を扱った映画はコチラ

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『殺人の追憶』
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