マリブのブログ

ミネルヴァの梟は迫り来る黄昏に飛び立つ

映画『コンテイジョン』の私的な感想―ウィルスパンデミック映画から本当に伝染するもの―(ネタバレあり)

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CONTAGION/2011(アメリカ)/106分
監督:スティーヴン・ソダーバーグ
出演: マリオン・コティヤール、マット・デイモン、ローレンス・フィッシュバーン、ジュード・ロウ、グウィネス・パルトロー、ケイト・ウィンスレット他

 プロの映画エンジニア

この映画を、人の不安を煽るスリラーとする声も少なくない。

2020年に世界を震撼させたコロナウィルスの恐怖そっくりそのままの描写は、多少穿った目で見ても、その現実世界とのシンクロ度が極めて高い様に感じる。

 

ユダヤ人に不満を持つドイツ国民をポピュリズムで席巻したヒトラー政権以降、映画はプロパガンダとしても十分に機能する。

それならこの映画の監督は、作為的な恐怖を、何の為に植え付けようとしたのか?

 

スティーブン・ソダーバーグという監督は、元々ニヒルでインテリだ。

史上最年少の26歳の若さでパルムドールの栄光を掴んだ作品『セックスと嘘とビデオテープ』なんて、お世辞にも娯楽作品とは呼べないくらいの激ヤミ映画だし、いつの間にか彼の代表作となってしまった『オーシャンズ11』でさえ、そのスピード感を除けば、極めて質素な画作りに120分間終始している。

 

彼は映像作家というよりも、所謂、プロの映画エンジニアとも言える。

それも、超弩級の映画的コンプライアンスを一切無視した現実論者。

 

カストロの半生を描いた『チェ 28歳の革命』や『チェ 39歳 別れの手紙』を観ても、その徹底したリアリズムの追求は、エンターテインメントでもある映画の本質と、大きくかけ離れているような気がしている。

 

そんな彼が、現実に世界を変えてしまったこの未知なるものへの恐怖心は、本当に未来を暗示したパンデミックムービーとしてだけで、処理してしまっていいのだろうか? 

 
 

 

 

 

あらすじ
香港出張からアメリカに帰国したベスは体調を崩し、2日後に亡くなる。時を同じくして、香港で青年が、ロンドンでモデル、東京ではビジネスマンが突然倒れる。
謎のウイルス感染が発生したのだ。
新型ウイルスは、驚異的な速度で全世界に広がっていった。
米国疾病対策センター(CDC)は危険を承知で感染地区にドクターを送り込み、世界保健機関(WHO)はウイルスの起源を突き止めようとする。
だが、ある過激なジャーナリストが、政府は事態の真相とワクチンを隠しているとブログで主張し、人々の恐怖を煽る。
その恐怖はウイルスより急速に感染し、人々はパニックに陥り、社会は崩壊していく。国家が、医師が、そして家族を守るごく普通の人々が選んだ決断とは──?
公式HPより抜粋

CONTAGION02

 ソダーバーグのシュールさ(※以下、ネタバレあり)

不条理文学の先駆者カフカに並び、ノーベル文学賞を受賞したカミュの「ペスト」を、そっくり現代版にアレンジしたようなこのパンデミックムービーは、まず俳優達の顔の表情だけで物語の筋書きが分かってしまう程、心的オートマティスムが徹底されている。

 

寒色の女王の様なグウィネス・パルトローは、未知のウィルスのスーパースプレッダーとして、物語の序盤早々にあっさり死んでしまい、前のめりな快活さが拭えないケイト・ウィンスレットもまた、その賢明さから、あっけなく非業の死を遂げる。

やがて、国のまごついた対応に批判の声を上げるジュード・ロウなんかは、澄みきったままで死んだ魚の様な目を泳がし、眼力鋭いローレンス・フィッシュバーンは、ほぼその見た目そのままの堅物で実直なCDC(疾病予防管理センター)官僚を熱演。

 

つまりこの映画の登場人物は、『ドラえもん』のそれと全く同じで、それぞれのキャラが観客の期待を大きく裏切る様な事は決してない。

 

一介のブロガーの陰謀論に左右される民衆の愚行も、 現実世界のそれに限りなく近いものだし、ウィルス感染の基本再生産数こそ現実のコロナウィルスの方が低い(WHOは2020年4月現在1.4~2.5の範囲と推定)ものの、瞬く間に人々を不安に陥れ、加速度的に広がる集団心理の醜さは、まるで予言書のようにさえ感じてきてしまう。

 

更に、画面の色彩構成も実に素晴らしい。

簡素で効果的に絞り込まれたSEの中で、周辺減光処理が施されまくった映像は、それだけで受け手側の心を鬱ぎ込ませてくるし、青、緑、オレンジと、強い原色のコントラストのエフェクトをかけて盛り上げる、不安、恐怖、愛情といったそれぞれの深層心理も見事に伝わりやすい。

 

けれど、ここまで繊細に人間の心理描写を切り取っている割には、随分端折った風に感じる部分もある。

その代表的なキャラクターが、WHO(世界保健機関)から発症元の香港に派遣される医師を演じる マリオン・コティヤール

エディット・ピアフ』以降、上品さがこびりついた様な彼女の表情は、香港自治政府の職員に人質として捕らわれても、その顔色一つ大きくは変えてこない。

ここにソダーバーグのシュールさの本質を、お節介にも深掘りしていくと・・

 

 

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 究極のヒューマニスト

あからさまに映画の盛り上げ処を徹底的に排除するソダーバーグは、それなら、唯の悲観論者なのかと言えば、さにあらず。

逆に、彼を楽観主義者のくくりで囲んでしまうとその聴こえはちょっと違うけど、徹底的な皮肉とシュールさがウリの彼にしてはかなり珍しく、この映画には随分希望的な愛情が込められているような気もしている。

 

無表情の顔は、観客に何かを考えさせるラポールがあると、昔、某鬼才監督から教わった事がある。

ラポールとは
臨床心理学の用語で、セラピストとクライエントとの間の心的状態を表す。
セラピストとクライエントの間に、相互を信頼し合い、安心して自由に振る舞ったり感情の交流を行える関係が成立している状態を表す。
Wikipediaから抜粋


人は一般的に相手の笑顔を見ると気持ちがほぐれ、泣顔を見ると同情心が湧く。

ソダーバーグが一貫して豪華キャスト達に不安な表情の仮面を身につけさせたのも、その為だ。

つまり、観る者の潜在意識を直接刺激するこの共感力は、ウィルスの効果と全く同じ様に、人に“コンテイジョン=伝染”する。

そこで、塞ぎ顔で統一されたキャスト達の中で、一人だけ強調されたようなコティヤールのそれが、或いはサブリミナル的に人道主義的な無償の愛を、ひっそりと揺さぶりかけているのだとすると・・・

 

この映画の様に、未知のウィルスに対する免疫が早期に開発されにくい現状では、抑制されたあらゆる衝動は心理的リアクタンスによって、必ずその強い反動を生む。


元々内向的だった日本人に、その本格的なウィルス感染の余波が届くのが少々遅れていたとしても、それはもう時間の問題。

 

グローバル化が飛躍的に進む中で、いつの間にか親切心が自己防衛本能にすり替わってしまった自分達は、海の向こうからしっとりと蔓延してきた排外主義的な発想から乖離する歴史的な岐路に、このパンデミックによって今、立たされているのかもしれない。

そんな時、この映画のマット・デイモンのように、怯える熊のような横顔で娘と家に閉じこもるのは必然だろうけど、せめてギョロ目のフィッシュバーンの様に、他人の子や愛する妻に自分の抗体を譲れる程の献身さや、その死の間際で、自分の上着を他人に譲れるウィンスレットの本能的な優しさだけは、忘れない大人ではあり続けたい。

 

「コンテイジョン」
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