マリブのブログ

ミネルヴァの梟は迫り来る黄昏に飛び立つ

映画『ラストデイズ』の私的な感想―カート・コバーンが背負い続けた痛み―

f:id:maribu1125:20190408055637j:plain

Last Days/2005(アメリカ)/97分
監督/脚本:ガス・ヴァン・サント
主演:マイケル・ピット/ルーカス・ハース、アーシア・アルジェント

 グランジロックの原点

心の奥底に潜めこんだ怒りを綺麗に発散するのは結構難しい。

それが末期状態に陥った天才ミュージシャンの性なら尚更。。

 

カンヌでグランプリを獲得した『エレファント』に代表されるように、殺風景な固定映像の中に空ろな日常の既視感を写し取る手法に極めて長けたガス・ヴァン・サント監督は、その想像力を限界にまで広げて、魂が死にゆく者の圧倒的な厭世観とそこから逃げ出す者達の弱さを描いてみせてくれた。

フィクションとされるこの物語は、言うまでもなく、不可解な自殺によって自分たちの前から突然姿を消してしまった伝説のバンドニルヴァーナのボーカル・カート・コバーンの最期の2日間を描いているのだが、その様子はまるで写実的な絵画の様。

 

同監督はそこに有り体の同情や憶測に一切趣向を傾けず、空っぽの彼の心象風景をありのままに投影している。

そこに前衛的なガレージ・バンドの始祖ソニック・ユースのサーストン・ムーアが、退廃感満載の絶妙にアンバランスな劇中歌を手掛け、その妻のキム・ゴードンまでもがこっそり出演していれば、まさに鬼に金棒。

 

カートの死後23年の時が経った今、ようやくこの作品に辿り着いた自分としては、幼心に傾倒していた不協和音の鳴り響くグランジロックの原点をちょっと垣間見れたような気がしてきて、懐かしくも、なんだか嬉しく感じてしまう。。 

 

 

 

あらすじ
人気の絶頂にあるカリスマ・ロック・ミュージシャンのブレイク(マイケル・ピット)は、ひとりリハビリ施設を抜け出して森の中を彷徨っている。
やがて廃家のような自分の屋敷にたどり着いたブレイク。
ここには彼の取り巻き連中が居候しており、今日はルーク(ルーカス・ハース)、スコット(スコット・グリーン)、アーシア(アーシア・アルジェント)、ニコール(ニコール・ヴィシャス)の4人がいた。
屋敷にはセールスマン(タデウス・A・トーマス)やモルモン教の布教活動をしているフライバーグ兄弟(アダム&アンディ・フライバーグ)、近所に住むドノヴァン(ライアン・オライオン)と彼が連れてきた私立探偵(リッキー・ジェイ)、そしてレコード会社の重役(キム・ゴードン)らが訪ねてくる。
夜、居候たちが寝静まったあと、ブレイクはひとりで自曲を弾き語りし、ふらふらとクラブに出掛ける。
明け方に帰宅したブレイクは、まっすぐ温室に向かい、猟銃で自殺する。屋敷を出た居候たちは、ニュースでブレイクの死を知るのだった。...

映画.comより抜粋

lastdays02

 カート・コバーンの死の真相

一部の平成生まれの若者にとっては神格化までされているこの男のライヴを生で観れた事だけが、自分の憂鬱な青春時代で唯一誇れる功績だが、彼の死後20年の時を経て、実はシアトル市警がその自殺現場に残されていた財布の中にあったというカートの直筆メモを公表している。

 

"Do you Kurt Cobain take Courtney Michelle Love to be your lawful shredded wife...
even when she's a b**ch with zits and siphoning all (your) money for doping and whoring..."
2014 CBS Interactive Inc.より抜粋

 

直訳すれば、

「カート・コバーンはコートニー・ミシェル・ラヴをサイテーの妻として迎えるの?
彼女がたとえ、君が稼いだカネをヤクの為にまきあげて売春に明け暮れるような、ニキビ面のクソ女だとしても・・」

 

彼の自殺前、離婚調停中だったその妻コートニーに対する痛烈な不信感を吐露していたこの内容により、日本でも有名になったコールドケース(未解決事件)を担当する部署が彼の死の再捜査に乗り出したようだが、カート・コバーン独特の自虐的な言い回しで綴られているこの手の内容の真意を探るのは、彼の最期の心境をできうる限り忠実に再現したこの映画の奥行に敬意の念を表する為にも、自分はあえて避けたい。

 

しかしそれでも漠然と感じとれるのは、彼のアイロニカルな愛情表現と未来への不安

10代の多感な時期にアメリカに渡った自分にとっては、この彼が捻りだす絶望的なリリックがたまらなく心地よかった。

 

昨今、内田裕也氏やショーケン等、薬物におぼれかけながらも昭和から平成を彩ってきたロックスターが次の時代を待たずに続々と姿を消していってしまう中、カート・コバーン程、素直にその心の弱さからくる醜態を晒しまくった男はいない。

破天荒なロックスターを気取るガンズのアクセル・ローズが紡ぎ出すそのクリシェに反発しながらも、ボーダーニットの長袖に親指を隠しながらふらつくその彼の様子は、まさしくカートの魂が乗り移ったかの様。

カートの晩年を彷彿とさせる主人公のブレイクは劇中で様々な人間達と向き合うが、そこにあるのは抜け殻と化した心の屍。

彼と対峙するすべての人間とのかみ合わない様子を、長尺の横向きのカットで捉える描写には、暗く沈んだ画面の中に生と死の対比を実直に物語っている。

更にその見開いた瞳孔、絶望感の中でこぼれ漏れる意味不明な独り言、そしてヴェルヴェット・アンダーグラウンドの「Venus in Furs」を聴きながら居候の男の与太話に付き合っている様子まで捉えているのは、カートの最期の瞬間が如何に涅槃の境地に達していたのかを、ガス・ヴァン・サントはほどなく察知していたのだろう。

 

中盤に突然登場してくるカートの死の真相を解明しようとしていた実在の私立探偵をモチーフにした男の台詞には、20世紀初頭にイギリスのマジック界を席巻したチャン・リン・スーの逸話が残されているが、これこそが彼の死の真相を的確に暗喩している。

 

裏を返せば、偶発的事故として処理される彼らの死の影には、自分が背負い込んできた生きる事の痛みが本物であることを証明してみせたかったその勇み足が、苦悩し続けた男達を静穏な常世の国の色香が魅了していったのかもしれない。

 

「ラストデイズ」
TSUTAYA DISCAS
(月額2014円/無料期間=30日間※定額レンタル8)でレンタルできます。

sponsored link