マリブのブログ

ミネルヴァの梟は迫り来る黄昏に飛び立つ

映画『ピエロがお前を嘲笑う』の私的な感想―4つの角砂糖で繋がっていたモノ―

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Who Am I - Kein System ist sicher/2015(ドイツ)/106分
監督・脚本:バラン・ボー・オダー
出演:トム・シリング、エリアス・ムバレク、ハンナー・ヘルツシュプルンク

 ニューウェーブなサスペンス 

トリッキーでスタイリッシュなドイツ生まれの極上サスペンスです。

 

邦題の語源は、劇中の天才ハッカー役の主人公・ベンヤミンが仲間に付けたグループ名“Clowns Laughing At You"(クレイ)から付けられ、珍しいほどのセンスの良さ。

日本では無名の若い監督、俳優陣が集結して作られた作品とは思えないくらい、劇中の叙述トリックはかなりテンポが良く、テクノ感満載のサントラの中でいつの間にかサイバー犯罪へと陶酔していく青年たちの描写は絶妙にスリリング。

薄暗い電車内を模したサイバー空間やオープンカーでアウトバーンを疾走する描写等、若者が夢描く非現実空間を映像上に巧みに取り入れ、相互リンクしてゆくそれぞれの現実世界とのギャップが緊張感を段階を経てラストまで加速。

ドイツ映画らしく?コペンハーゲンでの人民戦線や大手製薬会社の不祥事などもシニカルに劇中で揶揄し、キッチュなナードだった少年の危うさからの大逆転劇は、サスペンスものにしては珍しく爽快感を感じさせてくれます。

 

 

 

―――子供の頃からヒーローに憧れていたベンヤミンの現実は、しがないコスプレピザ屋のデリバリー。
憧れのマリと交わす会話は、大学卒業を控えた彼女が彼氏とオーダーをする時ぐらい。
やがてダークネットの世界に捕らわれていくベンヤミンは、崇拝するネット界のカリスマ“MRX”の手法を真似てマリの試験問題を盗んだ事から仲間に遭遇。
野心家のハッカー・マックス、スリルに取り憑かれた男・シュテファン、ハードオタクのパウルらと“クレイ”という名のハッカー集団を結成し、難題なハッキングを繰り返しながら自己承認要求を徐々に強めていくが・・ 

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 楽しさを倍増させる3つのヒント

ドイツ・アカデミー賞では6部門にノミネートされ、ハリウッドでのリメイクも決まっているこの作品は普通に見ていても十分に楽しめますが、

「人は見たいものしか見ない」

という劇中の台詞を咀嚼していくと、この映画の面白味は更に倍増していきます。

以下にそのそれぞれの解説を。

①4つの角砂糖

冒頭で命を狙われる羽目になるベンヤミンが国から証人保護プログラムを得る際、ユーロポールの捜査官・ハンネの前で見せるマジックで使われる角砂糖。

一見、ただの彼の台詞の例えとしてスルーしてしまいそうなこのトリックの中に、実はこの映画のミスリードが全て集約されています。

マジック自体は単純な数のハンドマジックですが、角砂糖に隠喩されたモノの存在に気付くとこのサスペンスの本当の叙述トリックが明らかになり、コーヒーカップに入れられた5つ目の角砂糖の存在もちょっと気になってきます。

②ドーナッツをタダで食べる方法

気弱な青年だったベンヤミンが仲間との友情を深めていく過程で、彼はまずマックスから現実世界でのソーシャルエンジニアリングの手法を学んでいきます。

マックスが空のドーナッツ箱を持ちレジで詐欺をするその様子には、物おじしない精神力と相手の心理を一瞬で読み解く観察眼が見受けられ、事なかれ主義の人間の弱さを巧みにつく妙技。

その後のベンヤミンが自信を持つきっかけにもなるこのシーンで、彼の運命は大きく変わってゆく事にもなりますが・・

③究極の心理戦

角砂糖のトリックをハンネに見せるベンヤミンは、冒頭でさりげなく語られている様に、彼女を指名して供述を始めます。

それは天才ハッカーとなった彼の技能と歪な幼少期の思い出を両方鑑みてみると答えが見え始め、子供を産めない身体のハンネの心理をも巧みに利用した一種の投機的なカケです。

しかしその儚さがこそが窮地に陥った彼らの僅かな希望でもあり、仮想空間の中でしか生きられない若者の杞憂を飛び越えてゆく逞しさが伺えます。

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 オトナ達の眼も欺く友情

その他にもマグリット「複製禁止(エドワード・ジェームスの肖像)」『ファイトクラブ』のポスター等、劇中に散りばめられたトリッキーな小道具の数々も中々見物ではありますが、この映画がドイツで大ヒットした根本にあるものは、やはり上質なトリックの裏に潜り込ませた思春期の無謀さの中にある違わぬ友情でしょう。

ある種『スタンド・バイ・ミー』に自分の幼少期を投影させたスティーブン・キングの様に、鬱屈した精神から這い上がっていく人間の大逆転劇には、例外なく視聴者を高揚させてくれるパワーがあります。

それに影響された劇中のハンナがラストに見せる清々しい笑顔は、騙されたとはいえ、ベンヤミン達の未来に対する大人達の最大の賛美。

物語のラストに新たに仲間に加わる人物については賛否両論あるようですが、これもようやく現実世界で野望を実現させた彼のサクセスストーリーに感化されたと思えば、野暮なツッコミはいらないはずw

ヒロインを演じたハンナー・ヘルツシュプルングのあまりの可愛げのなさと、ハンナ捜査官の目に余る能面ぶりがちょっと気にかかりはしましたが、この映画の教訓通り“見たいものしか見れない”感覚が残る著者に近い中二病的なヒトには、存分に童心に返り楽しむ事が出来る作品でしょう!

 

「ピエロがお前を嘲笑う」
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